窓の中のWILL



―Fourth World―

Chapter:50 「ボクは、『イチバン』、だもの」

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「……まさかヒロキ……お前たちが……【伝説の勇士】だったなんて……」
「悪かったな、黙ってて。『できるだけ正体は隠す』がお約束だからよ」
 笑う博希に、景がやんわりと釘を刺す。
「そういった会話なら後にした方がよさそうですよ、博希サン」
「……解ってらな。久し振りだな?」
久し振り、と言われた相手は、くすり、と、笑った。
「そう、だね? ダメージからの回復が早いんだね、さすが【伝説の勇士】。楽しみだよ、今度はどんな風にボクを『倒そう』としてくれるのか……!」
言って、相手――リテアルフィ――は、一瞬だけ、鋭い瞳で執政官を見た。
「キミに――任せてみようかな?」
「俺、いや、自分に! ……」
「失望はさせないでおくれよ?」
「はっ!」
ようよう五月と景がディルを抱え起こしたころの会話である。
「リテアルフィ! 逃げる気か!?」
「逃げやしないさ。ボクは、ここで、観てる」
「!」
「どこまでもふざけた方ですね! ……執政官様をとりあえずなんとかしましょう、博希サン」
「解った」
「うん」
「……待ってくれ」
ディルが絞りだすような声で、言った。
「ディル」
「俺が……俺がやらなきゃ……」
「バカ! お前、そのケガで! それに――」
執政官をチラと見やり、博希はディルの瞳をのぞきこんだ。
「お前に任せてしまえば、明日にゃどっちかの葬式が出る! そんなことさせられるか!」
「……ヒロキ……」

 なんで、お前は。
 あんな、あんなヤツでも、殺さない?

ディルの瞳はそう語っていた。博希はその言葉を――読んだ。
「……言ったろ、いつかは許せるはずだから。ましてお前のたった一人の父ちゃんじゃないか、あんなんでも」
 その時景は、博希のその言葉を、どういう気持ちで聞いていたのだろう。なぜか自分の家庭のことが、その心の中で、交錯していた。
「親子で憎み合うほど、悲しいことは――ないんだぜ?」
「ヒロキ、」
「話は後だ。ここは俺たちに任しとけ」
ディルを壁際にやると、博希と五月と景はうなずきあった。
「スタンバイ・マイウェポン!」
「以一簣障江河――武器招来!」
「ブキヨデロー!」


 くすり。
 リテアルフィの唇から、笑みがもれた。


 執政官はといえば、自分の武器、多分大刀のようなものを抱えて、博希たちをにらみつけていた。リテアルフィ様の御前で失敗はできない、という決意の表れだろう。というよりはもう決死だった。
「これまでの執政官様より、数倍は筋骨たくましくてらっしゃいますからね。五月サンのフェンシングソードは効かないかもしれません」
「じゃあ、どうしよう?」
「どちらかというとアレに対抗できるのは博希サンの剣でしょうね、僕と五月サンはサポートに回りましょう」
「OK、じゃあいくぜ!」
五月も黙ってうなずく。
 この戦法は景の中で二つの意味があった。
 ひとつは――ちゃんとした戦い方としての、意味。この相手にはこの戦法が一番有効だと考えたのだ。だがそれよりも意味のあることがあった。

 博希サンに戦っていただかなくては。

今回、ディルと一番接触があって、ディルを一番心配して、ディルを説得に回ったのは博希である。『父親と息子』という問題からしても、今回は博希サンに先陣をきってもらったほうが絶対にいいはずだ、ディルにとっても博希サンにとっても――景はそう考えたのである。
 リテアルフィはそんな景の心中を読み取ってか否か――また、くすり、と笑った。
「いくぞおおおおッ! アース・ファイアー!」
『声』の発動とともに、剣から光が生まれる。
「ぬうっ」
執政官は自らの大刀でそれを止めた。
「ちいっ! ……あんた、ディルがどんなに苦しんだか解るかっ!?」
「知らんな! 俺の跡継ぎたる者、なにに苦しむことがある!?」
「スノー・アターック! ……あんたの村民支配ぶりに苦しんでたんだ! それもディルへの『跡継ぎへの期待』込みでの愛情だとしたら――ちょいと歪んじゃいねェかい!?」
博希の攻撃を受け止めつつ、執政官は笑った。
「ちゃんちゃらおかしい! ゆくゆくはディルも支配する側にまわるのだ、俺のように、リテアルフィ様の配下、ひいてはレドルアビデ様の配下として!」
「俺は……俺はてめェみたいな支配はしない! 絶対……に!」
ディルが叫ぶ。
「それはどうかな……? 支配の快感を覚えれば、お前も必ず、俺と同じことをする! なにせ同じ血が流れているのだからな!」
「!」
ディルは一瞬、泣きそうな表情になるが――すぐ、その瞳を再び、憎しみの満ちた瞳に変えた。
「黙れ……っ! てめェと同じ血が流れてると考えただけで体中に鳥肌が立つ!」
「おやめなさい、ディル!」
「やめなくっていいよ……?」
「! ……リテアルフィ!」
「もっと憎みなよ、キミのお父さんを? 殺したいんだろう? 君が頂点に立ちたいんだ。殺しちゃいな? 今しか、ないよ……?」
笑顔ではない。否、笑顔ではあるが、凶悪な色が浮き沈みしている。リテアルフィのそんな表情を見て、五月はぶるりと――震えたが、ディルのそばに寄った。
「ディル、だめえ! 殺しちゃだめ! ディルは自分のお父さんを殺して、なにを守るの。誰を守るの!?」
「……俺の村を……みんなを……!」
「ほうら。守るものはあるじゃないか。だったら殺しても、いいよね?」
「だめ! だめだよ、絶対にだめ!」
理由は解らない。だけどだめ。絶対にだめ! 五月はディルを押さえながら、首をふるふると振っていた。景はリテアルフィをにらみつけたまま、動かない。
「なにか言いたそうな顔だね?」
「……言いたいですとも。あなたの卑怯さには今までの総統は誰も敵わないでしょうね……!」
「そりゃあね」
「え……!?」
リテアルフィの微妙な笑い。
「ボクは、『イチバン』、だもの」
「……『イチバン』……!?」
また時間が、止まる。
 博希は執政官と戦いながら、ディルのフォローにまわっていた。
「お前が父ちゃんを憎むのは勝手だよっ、だからって、殺すなんてこと、絶対するな!」
「ふん……ならば俺がディルを殺すわ」
「オメーもだよっ、自分の息子、殺してなんか得でもあんのか!」
「ヒロキ……、俺は……」
ディルが五月を押し退けて、立ち上がりかける。
「どうしても殺すのか。だったらディル、お前、お前の父ちゃんと同じになっちまうぞ!」
「え…………」
ディルの行動が、一瞬、止まった。
「人殺して、自分が頂点に立つ? 人殺して、支配する? 父ちゃんと同じことじゃないか! お前、父ちゃんが嫌いなのに、その父ちゃんと同じになるのか。そんなんじゃきっと、お前、いつか父ちゃんと同じように、誰かに憎まれて、恨まれて――……!」
博希の声がだんだんと小さくなる。ぷるぷると手が――震えている。
「それもよかろう? 所詮ディルは俺と同じ道を歩まなければ生きてはいけないのだ」
「……ディルだって一人の人間だ……お前の人形じゃない……っ!」
博希はそれだけ言ってうつむく。余計なことばかり考えてしまう。

 俺はどうなんだよ。
 父ちゃんと同じ道、歩んでるじゃないか……
 俺だって、跡継ぎじゃないか……

「スキありだ!」
執政官が大刀を振り下ろした。うつむいた博希の頭の上に――!
 景と五月、それにディルがハッとして、叫ぶ!
「博希サンッ!!」
「ヒロくんっ、危ないっ!」
「ヒロキ――――!」
だが、大刀は、寸前で、止まった。
「……博希サン!?」
博希の体から、ブルーの光が、少しずつ、もれている……
「……テメーは……」
ぼそり、つぶやく。
「なに……?」
「テメーはっ、父親失格だ――――ッ!!!!」
「う……ぐああっ!?」
光が満ちる! だがその光は、いつも博希の剣から発せられる光ではなかった。ブルーの、鮮やかな光――
 博希の手の中の剣が、淡いブルーに包まれて、ふっと、消える。
「……あれは、」
景はつぶやいた。同じだ。

 いつかの五月サンと、同じ。ただその色が――違うだけ。

武器は出ていた。だがさっき、執政官の悲鳴が聞こえる直前、博希は、『声』を発動させていない。ただ、普通に、叫んだだけである。博希が攻撃手段として意識的に発した『声』ではない。
「面白いものを、見せてもらったよ」
「リテアルフィ!」
博希は茫然自失の体で、その場に膝をついた。五月が駆け寄る。
「ヒロくん、ヒロくん」
景は立ち上がったリテアルフィと対峙しながら、武器をもつ手に力が入っていた。
「してみるとキミは『まだ』らしいね」
「……解るんですか」
「カン。当たりだったの?」
にやあ、という笑い。景は自分のロジックがこの少年だけには通用しないかもしれない、と感じた。
「……先程おっしゃっていた『イチバン』の意味を、教えてはいただけませんかね?」
余裕のない笑いが景からもれていた。自分が今劣勢であることを、景は痛切に感じていた。
「簡単さ。……レドルアビデ様にとって、ボクが『イチバン』なだけ。ただ、それだけ。すべてにおいて、ね?」
「すべてにおいて……」
「ちょっと遊び過ぎたね……ボク、帰るよ。また会えると、いーね?」
「! 待ちなさい、まだ話は終わっていないっ!」
景が手を伸ばしかける。多分――意識的に、弓はひかなかった。
 だがリテアルフィは、景がアクションを起こす前に、彼の目の前から消えていた。
 くすり……そんな笑い声を、残して。
「――博希サンッ」
悔しがるよりも先に、博希のことが気になって、景は、二人のもとに走った。
「だいじょぶ、ヒロくん、ぼうっとしてるだけ」
「そう、ですか……」
覚醒、だろうか。だとしたら、何としての覚醒だろうか。以前五月が『こう』なった時、以後の彼の行動に変化はあっただろうか。
 景は考えた。自分もいつか『こう』なるのだろうか。そしてその後、何かが起こるのだろうか。
「博希サン、博希サン」
「……あ……ああ……景……?」
「ヒロキ、大丈夫かっ」
「ディル。……執政官は……」
「うん、息、してる。気を失ってるだけだよ」
「そうか……」
「ヒロキ、すまない、俺は……」
「……何も言うなよ。解ってるから。解ってる……」
博希は疲れたような表情を少し、見せて、しかし立ち上がった。
「どうする。お前の父ちゃんだぜ」
ディルは大の字に倒れた執政官を見つめて、ひとつ息をついた。
「こうして見ると――こんなに小さかったんだな」
「ディル」
「目ェ覚ましたら、話、してみるよ。聞きやしないかもしれないけどな、だけど、もう、殺したいなんて――思わないことにしとく」
ディルはわずかに笑った。
「俺は同じにはならない。跡は継ぐだろうけど、同じにはならない。それだけの努力は、してみせる」
ディルのその言葉を聞いて、博希は、少し、顔を強張らせた。
「……博希サン?」
「あ、そうか、そうだよな、頑張れよ、ディル」
「ああ。お前たちに会えて、よかったよ。それから、――」
「それから?」
「お前たち、すごい、な。俺は【伝説の勇士】にはなれそうもないけど、やっぱり、尊敬するし、憧れる」
「ありがと、ディル」
「僕らも、あなたに会えてよかったですよ」
博希は、黙っていた。
「また会えるといいな? ヒロキ」
「あ、ああ……そうだな。きっと、また会える」
博希のおかしな様子に、景は複雑な心境だった。五月はなんとなく博希の心情を読み取ったのか、少しばかりおろおろとしながら、それでも、なんとか自分だけでも元気でいようと思ったらしい、
「これから、どうする?」
と、一番はじめに切り出した。
「……そう、ですね。……博希サン、……帰りましょうか?」
「帰る!? どこへだ」
「――アイルッシュへです。その精神状態で、あなたはこの先戦いを続けていく気ですか」
「……あ……」
「お家のことが心配で仕方ないのではないですか。――帰りましょう、僕らと一緒にね」
「景……」
「お前ら、帰るのか」
ディルが首を出した。
「ディル。……ええ、帰ります」
「どこへ」
「……僕らの住む街へ。今度会えるのは――もしかしたら二、三年後かもしれませんが――この村が平和になっていることを祈っていますよ」
「ずいぶんハバがあるな。……ま、いいや。またな?」
「ええ。――五月サン、フォルシーを呼んでください」
「うん」
五月が笛を吹く。景はその間、ディルに言った。
「今のうちに、村人たちを集めて、僕らのことをお話しなさい。そして自分たちで、新しい村を作るんです。あなたのお父様の権力はそれで失われるはずですから」
「……そうか。お前たちはそれで、今までの村も再生してきたんだな」
「そうです。……どうか平和になるように」
「ありがとう」
『勇士様あ』
フォルシーが飛んで来る。
「――じゃ」
「ええ」
「じゃあね」
「じゃあ、な」
ディルが見送るなか、フォルシーは飛び立っていった。
「……会えるよな、また。……さて」
 ディルは村の仲間たちが眠る小屋へとってかえした。そう、よく考えたら、夜だったのだ。
 もうすぐ、朝になろうとしていた。


「朝ですよ」
 景たちはフォルシーの背中で朝を迎えた。
「ヒロくん、朝……」
五月はそう呼びかけて、やめた。博希は眠っていた。景も五月も、眠れなくて朝を迎えたというのに。
「…………あれ?」
「どうしました、五月サン?」
「……ヒロくん、……泣いてる……」
五月は博希の頬に、涙のあとを見つけた。
「泣いている!?」
景も博希の寝顔を見る。すでに涙そのものは乾いていたが、涙のあとである、と、はっきり解るものが、頬に残っていた。
「夢を――見ているんでしょうか、それとも――」
「ヒロくんが泣いてるのなんか、初めて……見た」
僕だって初めてです。――景はそう言って、五月の頭をなでた。
「大丈夫です、博希サンなら。大丈夫です」
もちろん根拠なんてない。だが、景にも解らないもの。それはなにより、博希自身の心。
 ともかくも起こさなくてはならないほど緊急な訳ではない。景は博希をそのまま寝かせておくことにした。


「帰りますので」 
景がそう言った時、スカフィードは、さほど驚かなかった。その前に景がそれまでのことを伝えているせいもあったし、景がそこまではっきりと言うのであれば、信用しない訳にはいかないと思ったせいでも、あった。


 博希がこういうことになっているせいで、いささか、調子は狂っていた。

-To Be Continued-



  五月に続いて博希もか…………。
  一体なにが起こっているんだろう? 私にはもう解らん。
  それにしたってリテアルフィ、貴様……なんてヤツだ!
  このままじゃ勝ち目がないぞ! あと十話でどうする!?
  次回、Chapter:51 「やっぱり父ちゃんはサイコーのダンナだよ!」
  ……なに? レドルアビデが動いたぁ!?

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