窓の中のWILL



―Fourth World―

Chapter:49 「憧れだけで正義の味方なんかできないんだ」

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 それから何日も、ディルの話題から【伝説の勇士】が消えることはなかった。どうもノリの悪い三人に、なんとかして【伝説の勇士】の素晴らしさを伝えたいらしい。
 だがその本人であることをどうしても言い出せない景と五月は、黙ってディルの話を聞くだけだったし、やはり正体のバラせない博希は博希で、ディルに忠告ばかりを繰り返す日々が、続いた。
「なぁんで解ってくんねぇかなぁ、ヒロキはっ。【伝説の勇士】をその目で見たわけでもねぇのによ」
決めつけている。まあ見たことがないというのはある意味正解ではあるのだけれど。
「……いいか? ディル。憧れだけで正義の味方なんかできないんだ」
「意味が解らん」
「ちゃんと人の話を聞けよ! いつかも言ったけど、【伝説の勇士】って呼ばれていても、いいコト三昧じゃないんだぜ!」
「……なんでそう言いきれるのかねえ」
ディルはいつも、博希の強烈な一言をくらって、黙る。だがディル的には絶対に【伝説の勇士】を手伝いたいらしく、いかに彼らがこれまでの都市で何人もの人々を救ってきたか、いかに彼らがすごい人物であるか、夜中まで語り続けるのであった。
「いーかげん寝ろよ!」


 すでにもう何日も経っていたが、三人は倒れることもなく、作業を続けていた。
 ある日、作業をしながら、五月が博希のそばに寄ってきた。
「どした」
博希は五月の不安そうな瞳を読んで、小声で聞いた。そばにはディルもいる。
「……見てるう……」
「あぁ?」
五月がちっちゃく指差した先には、博希たちが初日にこの作業場で出会った、あのガタイのいい仕切り屋がいた。
「……お前のことをか?」
あの野郎まだ懲りてねェな、そんな瞳で、博希は相手をにらみつけた。相手はさっと目を逸らす。
「シラジラしいねぇ」
ディルはそう言って苦笑した。が、苦笑は一瞬だった。その後すぐに、作業場で誰かが倒れたのだ。
「大丈夫かっ!?」
「いかん、顔が真っ青だ!」
博希たちもそこに駆け寄る。
「これで何人目、だろうな」
ディルがつぶやく。あたりの空気はいっぺんに黒くなった。
 その時、さっきまで五月を見ていた仕切り屋がやってきた。
「散れ!」
「そんな言い方あるかよ!?」
博希が反発する。
「作業の邪魔になるだけだ。さっさとどこかに連れて行け」
「そんな、この方は病人ですよ!? 早く手当てをしなければ――」
「救護室に運んでやってくれ!」
ディルがそばの二、三人にそう言って立ち上がる。病人はそそくさと運ばれていった。
「……無事ならいいんだが」
ディルのつぶやき。景は体を固くし、五月は立ち尽くしていた。博希は仕切り屋をにらみつけ、ただ、黙っていた。
 仕切り屋は無言で、去っていった。間違いなく満足そうに。博希は腹立たしい思いを感じながら、つぶやいた。
「なんてヤツだ……」
 が、次の瞬間、
「…………?!」
博希の瞳が素早く動く。ディルの瞳が憎しみを帯びた――それは普通には語れないほどの――鋭い光を宿らせて、仕切り屋を見ていた。
 この世界に来てから、いやむしろずいぶん前からそうだったのかもしれないが、悪意の混じった瞳にいやがおうでも感応してしまうようになった五月も、その瞳に気がついた。博希の服の裾を、くん、と引っ張る。
「ああ」
小さくそう言うと、博希は五月の耳に口をよせた。
「今夜、寝るの、ちょっと我慢してろよ? 景にもそう言っとけ」
「ん」
五月はてとてとと持ち場に戻っていった。すぐ、景にさっきのことを話す。
「博希サンが?」
「うん、っていうかね、ディルが……なんか、おかしくてね?」
「ほう。……解りました」
三人はそうして夜を待った。


 三人にも夜の仕事が回ってきた。幸いにディルとは持ち場が別で、三人は固められた。博希と五月は景に、昼見たことを切り出した。
「ディルのあの目は尋常じゃねぇぜ。なんでコスポルーダ人があんな目ェするんだ」
「なんだか、……怖い目だったよ……あの、ぼくのこと連れて行こうとした人を、ものすごく憎んでる……そんな目」
「ディル本人に聞いてみるしかないでしょうね。……もしも彼が、まったく稀有な例のコスポルーダ人なら……」
「なら?」
「僕らは考え方を変えなければならないかもしれません。コスポルーダは、変わりつつあるのかもしれない――」
景はかつん、と、ツルハシを地面に当てた。
「あいつが素直に話すかね?」
「話させなければなんの進展もしませんよ……ディルは僕らとこんなにもはっきりと接触をもった唯一の村民です。執政官様の存在にしろ、聞き出せるのは今ディルしかいません。――彼みたいによくしゃべる人、ちょっとつつけばすぐ聞き出せるはずです」
うん。三人は握り拳をちょん、と合わせて、その日の夜の仕事を終えた。


 夜更け。
 コツンコツン、と、ドアをノックする音がした。
「何者だ」
「……来た、よ?」
「! り、リテアルフィ様!」
「約束だったものね。それにいつ――ディル“くん”が、とんでもないことやらかすか、解らないもの。もし、なにかあったら、ボクを呼んで? いつでも――片づけてあげる」
「……はっ」
細身の影――否、リテアルフィは、くすりと笑った。
「その代わり、税金は倍にね?」
「ご随意に」


 翌朝、博希は、ともかくもディルが話しかけてくるのを待った。だが、朝も、そして昼も、ディルは話しかけようとしなかった。
「妙だぜ。あんなしゃべり好きが」
「昨日の会話が聞かれたということはない……と、思いたいですが……」
「だってそばにいなかったよね? ディルは」
「もしかすッと」
博希が思いついたように言った。
「何です」
「憎しみが頂点に達したってことはねェかな? ――見てみろよ、ああいう目は危ねェんだよな、何かしでかすかもしれない」
「よく解りますね」
「……多分ここ最近の俺があんな目だった」
「……あ……」
博希はふいに寂しい瞳をした。景は博希の心情をやや推し量って、それ以上はなにも言わなかった。代わりに捜したのは、別の言葉。
「ですが、なにかをしでかすとしたらきっと、僕らに【伝説の勇士】に関してのグチをたれてから行動に移すはずです。そのタイミングを外さなければ、」
「だな。……お前らも気をつけとけよ?」
「解ってますよ」
「うん、解った」
三人はまた作業に入った。ディルはツルハシを黙々と動かしながら、憎悪に満ちた瞳の色を消すことがなかった。


「――――執政官を殺す」
 博希は瞬間、スープのスプーンをカチャーンと落とした。ディルの瞳には完全なる本気が入っていた。
「ヒロキ、お前だから話すんだぜ」
景と五月は博希たちの方を伺いながら――無論ディルには気づかれないように――遠くで夕食をとっていた。夜からはまた作業が待っている、それまでの些細な休憩時間と夕食の時間のことだった。
「し、……や、……殺す? ……お前……」
「ちゃんとしゃべれよ」
「落ち着けよっ、ディル!」
「お前が落ち着け」
「違う、なんで、そんないきなり!?」
「……いきなりじゃない。ずっと、考えてた。俺は、あいつを、殺す」
「……! ……せめて、何でそんな物騒なこと考え出したのか聞かせろ」
「…………」
ディルはしばし、眉間にシワを寄せた。
「兄貴と思え――じゃなかったのかよ。俺を信用してるから、そんな重大なこと、聞かせてくれたんじゃないのかよ。俺のことはやっぱ他人なのか。信用しちゃいないのか」
博希の口調がやや荒々しいものに変わる。
「……いや、悪かった。話すよ」
そうして、ディルと博希は外へ出て行った。
 景と五月はそれを見て、そっと、あとをつけることにした。
「騒いではダメですよ」
「いきなり現れるのがカッコいいんだもんね」
「……誰に教わりました?」
「ヒロくん」
「今度叱っておきましょうね」
「なんでえ? カッコよくないの?」
「……いいえ、そういう見せ場を作るのも、僕たち【伝説の勇士】の仕事ですよ」
「だよねっ」


 博希とディルはそのへんに誰もいないのを確認したのち、物陰に隠れた。
「で?」
「……昨日、病人をぞんざいに扱った、ガタイのいいの、いたろう」
「ああ、最初の日に五月を連れていこうとした……」
すでにその会話の途中で、景と五月は二人のすぐそばにいた。
「……あれが、この村の執政官だ」
「なにい!!??」
「しっ! ――誰かに聞かれたらどうする!」
陰にいる景も自分の驚きをようやく飲み込んで、五月の口を押さえる。
「……ったくどこの村も執政官は似たり寄ったり……」
「なにか言ったか?」
「あ、いや、なんでもない――それで? それだけじゃ殺すって理由にはならないだろう?」
「俺は、あいつを、心底憎んでる。――考えたくもねぇ、同じ血が流れてるなんて……!」
「……同じ血ねえ。……あ? ……、……同じ血ぃぃぃぃ!?」
同じ血。それはもしかして、その言葉の意味するところといえば、……!
「そう――俺は執政官の一人息子さ」
「お前、じゃあ、自分の親父を、……なぜ!?」
「ヒロキ。お前、ああいうのが親父だったらどう思う」
「え……どうって、」
「村人を苦しめて、たくさんの女に手ェかけて、あまつさえ男にまで手ェ出そうとする親父を、お前、どう思う」
「……そ、それ……は」
「俺も、待ってた。【伝説の勇士】を。だけどいつまで待ったって来やしないし、日を追うごとに親父が憎たらしくて仕方なくなるばかりで――」
「だからって殺すのかよ、お前、親だぞ、あれでも――あ、いや、あれってのは悪いか、ああ、とにかく、自分の親をそう簡単に殺せるか!?」
「殺せる」
瞳にいやな光がよぎる。
「親父さえ死ねば――この村はまた平和になるんだ。俺がもう二度と不幸にはしない。【伝説の勇士】だって、そうするはずさ」
景が五月を押さえていた手を放して飛び出す前に、博希の何かが、切れた。
「しないね」
穏やかだが怒りが過分に含まれた口調。景は再び身を隠した。
「……カーくん、ヒロくん……怖い……」
「しっ」
「お前があいつらのことをどれだけ知ってんのか俺は知らない。だがな、俺が知ってるだけでも、少なくともあいつらは執政官を殺したことはない!」
確かにない。景と五月はうんうんとうなずいた。
「じゃあ?」
「制裁を下すだけさ、落書きとか。あとは村人にすべてを託すってやり方だ」
「はん……生温いやり方だよな」
「なに……!?」
「じゃあ聞く! ヒロキ、お前は人を憎んだことはないのか!? 殺したいくらい憎む相手はいないのか!?」
「いない」
「言い切ったな。じゃあお前の親父はどうなんだ。憎んだことは!?」
「……え……」
博希の脳裏に、実家での出来事がフラッシュバックした。憎んでいない、と言ったらウソになるかもしれない。ともかくも茜を悲しませ、家を混乱に追い込んだのは両親、特に父親だし、なにもそこまでという怒りから、少しだけ――憎しみは生まれたかもしれない。

 だけども。
 俺は父ちゃんを殺したいなんて、思ったことはない!

 だいたいもとはと言えばリテアルフィが引き起こしたことなのである。父親を憎むのはお門違いだ。だが、……ディルのような瞳を、自分がしていたと、そう感じたのは、確かだった。
「……憎んだことも……ある……かもしれない」
「だろう!?」
「だけどっ! 俺は殺したいくらい父ちゃんを憎んだことなんてない、いつか必ず許せるから! ……お前は許せないのかもしれない、でもその原因っての、考えたことはあるのかよ?! ディル、お前の父ちゃんはずっとああだったのか。違うだろ!?」
「……そうだ。前はあんなじゃなかった。……でも、」
「でも!?」
「もう、止められない。せめてもう少し早く、お前たちに出会えていればよかった」
ディルはそう言うなり、立ち上がって、走り出した。
「ディルっ!」

 もうあいつの憎しみは止められないとこまでキてたんだ。
 それをあいつは――笑顔で隠してた!

急いであとを追おうとする博希の肩に、景が手を置く。
「博希サン、――腹は括りましたね?」
「とっくに括ってら。……予定より鎧装着が早まりそうだな」
「行こう? ディル、なにするか解らないよ、それに……」
「どうしました?」
「なんだかね……イヤな予感がするの、予感ですめばいいんだけど」
景は少し目を細めた。そして空を仰ぐと、言った。
「博希サン。今夜は熱帯夜になりそうですよ」
「……お前の頭イイ物言いはたまに訳が解らんな」
「今日の譬えも解りにくかったですか?」
「いいや、今日のははっきり解った! 今日仕切るのは誰だ!?」
「僕です! これで順番はもとどおりですよ、次は博希サンです」
「よっしゃ、解った。行くぜ!」
「ええ!」
「うんっ!」
三人はディルのあとを追った。


 ドアはノックもされずに叩き壊された。
「……来たな、ディル。俺の息子」
「てめェなんぞに息子呼ばわりされるとヘドが出るぜ!」
「実の父親に向かってなんという口の聞き方だ。……お前が俺に勝てると思っているのか」
「……思ってるさ……てめェは俺の力が心底怖かったからここに入れたんだろう!? それも無理やりにこじつけてな! それで死にさえすればいいとでも思ったんだろうが甘かったな、俺ァ人一倍丈夫にできてんだよ!」
「ふん。……お前だけが俺の後継者たる者だと思っていたが、俺の目も曇ったな!」
ぶいん、と、丸太ん棒のような腕が、ディルに伸ばされる。その風圧は腕をよけたディルの髪をなびかせるほどだった。
「後継者だ? 気色の悪い! 誰がてめェなんかの跡を継ぐかよ!」
「ならばおとなしく――死ね!」
「死ぬのはどっちだ! 俺がてめェを殺してやる!!」
ディルは隠し持っていたツルハシを出した。素手では勝てない相手だというのを、ディルは本能的に悟っていた。
 超えられない壁。永遠に、超えられない――
「武器に頼るか!」
「てめェに素手使ってやる価値なんざねェよ!」
ハッタリだ、ディルはそれが悔しかった。しかし、やるしかない。これで自分が勝てば、この村は平和になると信じて、疑わなかった。
 ツルハシが、振り下ろされた。


「なんでここはこんなに広いんだ!!」
「なんでこんなとこで迷うんです!!」
「チズヨデロー」
「こんな狭いとこで地図なんか出しなさんな!!」
ケンカなんかしている場合ではないのだが。


「…………うっ…………」
 飛びかかりながらツルハシを振り下ろしたはずのディルは、砕けた鉄とともに、床に力なくくずおれていた。
「ぐ、……」
ツルハシが振り下ろされた瞬間、執政官の拳は、ツルハシを砕くとともに、自分の息子の腹に、強烈な一撃をかましたのである。
「情けない。やはり見込み違いだ」
「……まだ終わってねぇぞ……俺は絶対……てめェを殺……す……」
「悪足掻きを」
言い終わらないうちに、手よりも太めの足が、背中に、腹に、ヒットする。
「ぐあっ! ……が、あああっ」
「所詮子供よ。歯向かいさえしなければその命――永らえられたものを」
「……くそっ……」
手足がガクガクと震える。本当にまずいかもしれない。立ち上がることができない……!
「たった一人で俺の命を殺りに来た勇気に免じて、とどめは総統に刺してもらおう――リテアルフィ様」
「呼んだかい?」
オレンジの炎に包まれて、少年が姿を見せる。
「とどめを」
「……てめェが……リテアルフィ……この都市の、総統か……!」
「そう。元気がいいね、……キミのような人についこないだも出会ったばかりさ。じっとしてて、苦しまないように、とどめを刺してあげる……」
手のひらに炎が生まれる。だが、ディルは、動けない。
「……やめ……ろ……」
「聞こえないね」
「やめろっ、」
「聞こえない」

「やめろっつってんだろ」

 澄んだ声が響いた。
「誰だっ! あっ、貴様ら、……」
「さすがに自分がモーションかけた相手は覚えてやがるんだな」
皮肉っぽく、つぶやく。
「ヒロキ……か?」
「おうよ」
「僕もいますよ」
「ぼくもだよ」
「ヒ……カゲ。サツキ、逃げろ、お前たちも……やられる……」
五月はディルの傷を撫でた。
「心配してくれるのはとても嬉しいんだけど」
「もう、抜き差しなりませんね」
「それに、許せねェよ」
「逃げろ……って……」
「人の話は聞けッつの。悪ィクセだぜ」
言いながら、三人は、手の甲の布をはぎ取った。鮮やかなエンブレム!
「そのエンブレムは……で……【伝説の勇士】!」
もちろんこのセリフは執政官のものである。
「な……ヒロキ!? ヒロキたちがまさか……!」
博希はちょっとディルの方を見やってから、少し笑って、言った。
「おっ――久し振りに三人、揃うな?」
「あっ、そうだねっ!」
「いきますよ、勇猛邁進・鎧冑変化!」
「レジェンドプロテクター・チェンジ!」
「ヨロイヨデロー!」
光が、三人を、包んだ――――!

-To Be Continued-



  あ――――、バレた。
  まあ、この場合は仕方がないか。
  ディルのこともあったしなぁ。傷は大丈夫か? そうか……
  ところで勝てるのかリテアルフィには!?
  次回、Chapter:50 「ボクは、『イチバン』、だもの」
  波乱に満ちとるなー、今回のWorld……

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