窓の中のWILL



―Second World―

Chapter:14 「カクセイってヤツか」

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 景ははっきりと、もう、ごまかしはきかないと思った。勇士であることを暴露して人質になるか、嘘をつき続けて『花』になるかという選択肢。景は前者をとろう――それが自分にとって間違ったことでも――と思った。博希たちを信じていた。
 が、景が発言するより早く、執政官が膝をついた景の視点に合わせて言った。
「知的でも、嘘をつく『花』は嫌いなのよ?」
「……知的だからこそ……嘘をつくんでしょう? 矛盾してますよ……」
「認めたわね」
「もとよりごまかせる相手ではないと思っていましたがね」
景は腕を妙な方向に回されたままであったので、わずかに苦悶の表情を見せながら、言った。
「その顔も美しくてね。知的な美少年が、苦しそうな表情を見せる瞬間はとても好き」
なんて趣味だ、と、景は思った。そして、もう今自分ではこの執政官はおちょくれないと思った。できるなら早いとこ博希たちに来てもらって、この危ない婦人を散々におちょくってほしい、と、思った。
「……それ、で。どうするつもりです……?」
やはり腕が痛い。苦悶の表情は変わらぬまま、景は冷や汗と脂汗を流しながら言った。
「そうね。あなたのお仲間も、『花』として愛でて差し上げようかしら?」
「本気……ですか」
「私は嘘と冗談は嫌い」
景はなんとなく、五月と博希がどんな『花』となるのか、気になった。
「ではお呼びになればよろしい。すぐにでもとんでくるでしょうよ」
「そう――ではそうさせてもらうわね」
しかし執政官は景の顎にすっ……と手を触れた。景は全身に鳥肌が立った。
「本当に素敵なこと。冬菫……できれば死ぬまで、私の側にいてほしいわ」
そんなことしたら日がな一日毒づいてばっかりですよ――景は思ったが、声には出さない。執政官はそのまま、景の腕の通信機に手を触れた。スイッチを入れる。
「聞こえていたら返事していただきたいわ。あなた方の仲間はここにいてよ。安心してね、まだ手は出していないから」
通信機の向こうから声が聞こえた。
『出す気なのかよっ!!』
博希サンだ、景は思った。
「さあ。それはあなた方次第ね。言っておきますけれど、鎧装着はしないでお出でになってね。もし鎧装着なさったときは――」
あとは、ふふふふふ、という含み声だけで、何も言わない。執政官はそのまま、ぷつん――と通信を切った。


「それで、もし鎧装着したらどうする気なの?」


いきなり五月の声がした。
「え!? 五月サンっ?」
通信機からの声ではない。では!? 景は動かない体を動かそうと努力した、が、声がどこからするものかは解らなかった。
 その時――ドアが、ズバーン! と開いた。
「元祖美少年二人が来てやったぜ」
「屋敷の前まできたら通信が入るんだもん。びっくりしちゃった」
なんだか半ば五月に引っ張られる感じで、博希は屋敷の前まできたのだった。博希が塀に乗った直後、通信が入ったのである。
「博希……サン」
何で元祖なんです、と突っ込むだけの気力は、景にはあまり残っていなかった。二人とも鎧装着はしていなかったが、戦う意気はマンマンだったとみえる。そばに無残にも全身に落書きされた衛兵が転がっていた。
「ふうん……」
「なんだよっ。景を離してもらおうか、でないとお前もこいつらみたいになるぜっ」
女に手を出すのはどうかと思うが、この場合は別だからな――と博希はつけ加えた。
 しかし、その言葉は執政官の耳にはほとんど入っていなかったらしい。
「噂に違わぬ美少年揃いね。そっちは『薺(なずな)』で、そっちは『姫女苑(ひめじょおん)』というところかしら」
「????」
『薺』と呼ばれた五月は、不思議な顔をして、まだはがいじめになったままの景に聞いた。
「この人、なに言ってるの?」
「……美少年を『花』として愛でるのがお好きだそうですよ……」
「それで俺は『姫女苑』か。お前はなんだったんだ景?」
「……冬菫です……」
「ほお」
本当をいうと、花なんか博希にとってはどれもこれも同じに見える。従って五月の『薺』さえ、どういう花だか解らないのである。もちろん、自分の『姫女苑』も。
 俺に解る植物は菊と大根ぐらいだ――普段から博希がそう豪語しているのを、五月と景は知っている。なぜその二つであるのか。簡単な事だ。刺身のツマだからである。
「で? 俺たちも『花』として愛でようってのか?」
「ええ」
言い切った。
「冗談じゃねぇ!! おい景、俺ァ今始めて、連れてこられたのが俺じゃなくてよかったと思ってるぜっ」
そりゃあそうでしょうよ――と、景は言った。その理由にはあえて触れない。多分、博希ならこの環境に耐えきれてなかったはずだ。
「いいかっ、その耳かっぽじいてよく聞けっ! 俺たちァ花じゃねぇ、母ちゃんの腹から生まれた、ちゃんとした人間だっ!」
「!」
――景はその時、何を思ったのだろう――たぶん一つの正義感の印として生み出された、本当に何気ない博希の言葉に、深いものを感じとったに違いなかった。全くこちらが予想もしない、ドキッとするようなセリフを、時々、この熱血美少年は吐くものである。
「てめぇ村中の男を神隠しに遭わせやがって、いったいどうするつもりなのかは知らねぇが……タンビ趣味もそこまできたら変態だぜっ!」
景はまたも度肝を抜かれた。博希が耽美などという言葉を知っていたとは思わなかった。とはいえ、博希だって本当の意味なんか知らないのである。景から耽美系だと言われた五月から「ねえヒロくん、タンビってなにさ」と聞かれて、博希もまた、「た……タンビ? 何だそりゃ」というふうな感じだった。ただ五月を見ていたらなんとなく意味はつかめたような気がして、試しに言ってみたまでのことである。もちろんそれが大正解であることなど、本人の知るところではない。
「言いたいことはそれだけ?」
言うが早いか、執政官はまたもぱちいん――ア、今度の人は上手い、と、博希も五月も思った。が、思った直後、自分たちが囲まれているのを知る。
「囲むの好きだねぇ」
「囲めば勝てるとでも思ってるんだろうよ」
「おとなしく私の『花』として一生を終えればいいものを。後悔させてあげるわ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜっ! こちとら寿司屋の跡取りだ、こんなトコでツマとして一生終えてたまるかよ! 俺はヒラメだ!」
彼にとって『花』はすべてツマであるらしい。白身の王様ヒラメに自分を例えるところなど彼らしくてよい、などと客観的に論じている場合ではなく。
「おやり」
その一言で、博希たちを囲んでいた用心棒たちが動いた。博希と五月はとっさにエンブレムを出した。うっ、と、用心棒たちがつまる。やはり解ってはいるものの、目の前で本物のエンブレムを出されたら、動くことはできない――そんなところであろう。
「ヒロくん! 今日はぼくが仕切るよ!」
「解ってらぁ、ローテーションだろ!?」
「いくよっ!」
「おう! レジェンドプロテクター・チェンジ!」
「ヨロイヨデロー!」
ぱきいんっ、と、鎧装着完了。博希は続けて、叫んだ。
「スタンバイ・マイウェポン!」
彼の手に、大きな剣が浮かび上がる。用心棒たちはそれを見てとると、すぐさま、博希に飛びかかった。五月も、叫び、
「ブキヨ、……」
かけた。だが、その後の言葉は、出てこなかった。五月は立ちすくんだまま、下を向いていた。
「…………」
目の前に用心棒が迫る。
「五月っ!?」
博希は何がなんだか解らないまま、用心棒を昏倒させていく。
「五月っ、危ねぇっ」
五月に迫っていた用心棒を昏倒させた博希は、五月の頭をくしゃっとやった。
「どうした。仕切るんだろ?」
「うん」
こくん。
「武器出して戦わなきゃ、景が危ないぞ?」
「うん」
こくん。
でもねでもね、ぼくね――そこまで言って、つまる。それ以上のことが言えない。
「よっしゃ、じゃあ、調子が出たらその時は、お前に仕切らせてやるよ。貸しひとつな。今日は俺が仕切る!」
「うん」
こくん。
「お前は、景を助けてやってくれ。用心棒は俺が引き受けた」
博希は――景ほど「聡」くはないから――五月がなぜ、動けないのかは知らない。否、景も知るはずがないのだが――だが、博希は、今、五月に戦わせるわけにはいかないと、そんなことを思った。なぜそう思ったのかは自分でも解らない。なぜだろう。いつもなら――多分、尻を叩いてでも戦わせていただろうに――ふむ。俺も「聡」くなり始めてんのかな? こりゃ知的美少年は近いな――『花』の名前もロクに知らないくせに、博希は一人で景に勝った気でいた。
 五月は景のもとに向かった。
「お待ち?」
「っ」
景にあと少しで手が届く、その時に、執政官が五月を押さえた。
「だめねえ。薺、おとなしくしてなきゃだめじゃないの?」
五月は、ゆっくりと振り返った。執政官のどろんとした瞳に、五月は胸がざわりと震えるのを覚えた。否、震えたという表現では足りないほどに――
ぞく、り。
百パーセントの悪意を含んだその瞳に、五月は――
「五月、サンっ」
景が声を絞り出す。自分の責めぎあう精神に打ち勝とうとする表情を、彼は五月の表情から読んでとった。
「やめてえ――――っ」

 ボクヲカエシテ。
 ボクニカエシテ。

一瞬のことだった。まばたき一回分の、瞬間。
カッ! と、ぼんやりピンク色に光るフェンシングソードが生まれた。
「……え?」
聞いていない、と、景は思った。五月が『武器射出時の声』を発動させるのを、聞いていない。つぶやいてもいない。聞こえなかった。こんな近場で。ではなぜ。
 ぼろっ――と、五月の瞳から涙があふれる。
「あ」
景は小さくつぶやいた。博希と同じで、なだめるのに時間がかかると思ったせいだった。が、五月はあふれる涙に気がつかないかのように――フェンシングソードを抱きしめた。


 光が、爆発した。


「!」
どんっ、と、執政官以下、用心棒も誰もかも――博希と景以外――、そこにいたすべての『敵』が、倒れていた。
「……息はしてるぞ。気絶ってとこだ」
「そうです、か」
景の身も自由になった。五月は――いつの間にか、鎧が解除されていて――しくしくと泣いていた。
「違う」
「何がです」
「……五月の力なのかこれは?」
「……五月サンの不安定な心が――何かを生んだと考えたほうが、この場合は適切だと思いますよ――」
「カクセイってヤツか」
「…………」
意味解って言ってるんでしょうね――と、景が聞いた。博希は少しだけ黙って、イヤ――と苦笑した。ちょっとカッコつけてみただけさ――そんなつぶやき。
「ところで」
落書きしがいがあるな――博希は屋敷を見渡して言った。ざっと見ただけでも前回の二倍の人数が転がっている。
「やりますか?」
「やるだろ」
「執政官にも?」
「ちょっと気が引けるけどな」
博希は落書きに走った。景は泣き続ける五月の頭をなでた。
「大丈夫ですよ。もう誰も、五月サンをいじめたりなんかしませんよ」
「うん」
こくん。
「武器は五月サンが出したんですか?」
「ううん」
ふるふる。
「では勝手に出てきた?」
「うん」
こくん。
「ああそうですか……ありがとうございます、助けてくれて」
くしゃ。
「死んじゃったの?」
「え? ……いいえ、みんな、気絶しているだけですよ」
「そう」
景は五月の涙が乾いているのを見た。早いな――そんなことを思った。
「行きますか? 執政官様と用心棒の方々に落書きして差し上げましょう」
「うん」
ちょっとだけ、五月は笑った。


 結局。
 執政官と用心棒、数えたところ百人あまりは、すべて額に『大根』『菊』『ドクダミ』『曼珠沙華』と大書きされて、屋敷の中に転がることとなった。誰が何を書いたかは、聞くだけヤボというものである。
 千人にのぼる美少年たちも村に帰されて、村には一応の平和が戻った。


「じゃ、失礼します」
「ありがとうございました。勇士様、またお寄りくださいね」
「ありがとう」
 博希たちは、新しい村へ行くことにした。
「結局――美少年以外の男たちがどこへ行ったのか――聞けずじまいだったな」
博希が歩きながら、ぼんやりとそう言う。
「次の村でもまさかそうなんじゃないでしょうか……目的が――この街の総統、スイフルセントの目的が見えませんね」
「うん……」
五月はぼんやり手のひらを見た。自分があのとき――何をやったか、覚えていない。ただ、自分の頭の中に見えたのは――自分の両親と、そして、ヴォルシガ――それらを、ピンク色の光が包み込んで――それから、真っ白になった。気がついたら鎧装着も解けていたし、もう、頭の中に何も見えなかった。
 こそっ。
 ポケットの中に手を入れる。小ビンが入っている。五月はポケットの中の小ビンを、きゅっと握りしめると、博希と景の後を追って歩き出した。
「あのさあ」
博希が突然に言う。
「あの執政官が俺を例えた『姫女苑』って、どんな花だ?」
「…………」
景はふいに黙った。ちょっとだけ言葉を捜した。が、それより早く、五月が言う。
「あのね、雑草」
「雑草!!??」
ハチャ――……景が頭を抱える。
「あのですね、まあ一般的には雑草ですが、花は割と可愛いと聞いてますよ。多分執政官様もその――……博希サンの、どこか打たれ強そうなところに、『姫女苑』の強さを見たのではと思いますが。雑草は強いものですから」
景がなるべく博希を刺激しないように言ってみたものの、博希は完全に頭にきていた。
「あんのヤロ――!! この熱血系美少年を雑草なんかに例えやがって! 『大根』と『菊』のついでに『ワカメ』って書いときゃよかったぜっ!!」
「落ち着いて下さい博希サン! ワカメは花ではありませんっ。ついでに執政官様はヤローではなく女性の方ですっ」
ふんぬー、と怒る博希と、突っ込みながらそれをなだめる景に、ふわっと、笑顔を見せる五月。景はそれを見て、少しだけ、ホッとした。


 その、時。


『聞こえるか、博希!? 五月!? 景!?』
「……え……?!」
腕の通信機から声がする。
「あなたは……!」
「誰だてめぇ!?」
「何でぼくたちの通信機に連絡ができるの!? 電波ジャック!?」
せっかく景がシリアスにきめたのに、博希と五月がまた壊した。多分通信機の向こうにいる人物もコケているはずだと景は思った。
「……素ですか確信犯ですかそのボケは!?」
「素」
これは博希。
「確信犯」
これは五月である。
『ええいっ、突っ込んでる暇なんかあるかっ。私だ私。スカフィードだっ』
「ああ」
博希がやっと納得した。
「どうしたんですか?」
通信機の向こうのスカフィードは、相当に焦っているふうをみせていた。
「今すぐ、アイルッシュに帰れっ!!」
「なっ!?」

-To Be Continued-



  とっととアイルッシュに帰れ。
  別に疎んじているわけではないぞ、念の為。
  うんと修行して、ボケがもっと上手くなったら……って、違――う!!
  いかん、最近あいつらに毒されてッ……
  次回、Chapter:15 「あったかい」
  アイルッシュで三人の活躍が始まる……かどうかは例によって知らん。

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