窓の中のWILL



―First World―

Chapter:2 「まさか……どこからか放射能が?」

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 放課後、博希の机には、五月しかいなかった。
「景は……帰っちまったのか?」
「そうみたい」
「……あいつ、本気で賛成してなかったんだな」
博希は机にちょっと伏せた。教室には、もう、博希と五月しかいない。担任の零一が、ご丁寧にも『早く帰れよっ』とクギをさしたのだ。もちろん、今時分の高校生がそんなことを聞くわけがない。だが、わざわざ教室に残っても、何をするというわけでもない。だったらどこかで遊んで帰ったほうがどれだけ楽しいか。ほぼみんな、そういう事を考えたらしい。どこの教室も、電気は消えていた。光がともっているのは、職員室くらいだった。
「行くかっ」
博希は立ち上がった。
「うんっ」
五月もついていく。どこかウキウキしているのは気のせいだろうか。
 温室は、裏庭の片隅にある。かなり大きい。どうも今日は大雑把な調査のみで、警察のお歴々は帰っていったらしい。博希はこれ幸いとばかりに、温室のドアに手を触れた。しかし――
「!」
「どうしたの?」
「……開かない」
博希は淡々と言ったが、無論、心の中は『どうしよう!?』の大行進である。
「鍵がかかってるってコト?」
「そういうコト」
温室にも入らないうちに、計画が空中分解してしまった。博希も五月も、ごくごく普通の高校生である、一応。泥棒の達人じゃあるまいし、鍵開けの超人的技能なんて持ち合わせちゃいない。どうにかしなくては、遅くまで学校に残った意味がない。
「……ちいっ」
「何するつもり!? ヒロくんっ」
「決まってらあ、蹴ッ飛ばすのよっ!」
今にも足をドアに突っ込みかねない博希の勢いを、冷たい声が止めた。
「だから言ったんですよ、賛成できないってね」
「……え?」
足を下ろして、後ろを振り向く。五月も博希を止める手を下ろして、声の方を向いた。
「計画性もなく動くと、そういう事になるんですよ。これは教訓です。心しなさい」
「景っ!」
いつもの微笑を浮かべたまま、そこに立っていたのは、景だった。
「やはり僕がいないとだめなようですね。どいて下さい、今鍵を開けます」
「開けるったって、どうやって」
景は鍵の部分に、何かをくっつけた。白いもの。
「?」
博希は脇でそれを見ながら、なんかの映画で見たことがあるぞ、と思った。怪盗が金庫を開ける時にやってたような。くっつけたものから細い線を引く。しゅっ。火花が散って…… 

  ボウン!

軽い音がして、鍵のみが破壊される。博希が試しにドアを押しやってみると、非常に軽く開いた。
「……何やったんだ?」
「いつか映画で見たのをそのままマネてみました。博希サンと五月サンと一緒に観に行ったアレですよ」
博希は、ああ、やっぱりそうか、と思いながら、心底、景を敵に回さなくて良かったと、そう思った。
 ぎい、と音を立てて、ドアを閉じてしまうと、三人は手分けして、温室の中を歩き回った。
 外はうす暗い。温室は擦りガラスになっているため、余計、暗い。三人は相互の応答を絶やさないように、声を掛け合いつつ、沙織か、もしくは何かの手掛かりがないかどうかを捜した。
「ヒロく――ん、カーく――ん、いるう――――?」
「いるぞ――――」
「いますよ――――」
「五月――、お前は大丈夫なんだろうな――?」
その直後、五月サイドから、変な応答があった。
「うきゃあ」
「??」
うきゃあとは妙な返事である。博希と景は五月の声のした方に走った。
「どうした」
「何かにつまずいたの」
五月をつまずかせた物を、博希が拾い上げる。それはじょうろだった。薄暗い中、じょうろを詳しく見る。はしっこに、何か書いてあった。
「……『S.T』……『園芸部』……」
「ああ、そういえば沙織サンは園芸部員でもあったんでしたね」
「イニシャルから察するに、こりゃ沙織のマイじょうろだな」
そして、博希は、ちょっと上を見た。沙織がこんな所に、じょうろを置きっ放しにするだろうか。落とした? 落とすだけの理由があった?
「……今、何考えてる? 景」
「多分博希サンと同じことですよ」
景も上を見た。まだ乾いていない水玉が、観葉植物の葉の上で、キラキラと輝いている。
 ぽたん。
水玉が、落ちた。
 博希はその時、五月が、自分のシャツをグイグイと引っ張るのを感じた。
「なんだよ、五月?」
「〜〜〜〜〜〜」
五月は無言で、泣きそうな顔をして、博希にすがっている。もう片方の手は、自分の後ろのほうを、必死に指差していた。
「なんだよ、幽霊でも出たか?」
博希は笑いながら五月の背中のほうを見て、それから、息を飲んだ。
「――――――!」
博希の時が止まった。博希は横にいた景に、さっき五月が自分にしたのと同じようなリアクションで、景に自分と五月の恐怖を伝えようと試みた。
「何やってるんですか、博希サン」
あきれ返って、景も先程博希がしたのと同じように振り返ってみる。
「………………」
しばしの沈黙。景は、自分の眼鏡を外して、レンズをきゅいきゅいと拭いた。再度、はめる。
「………………」
またも、沈黙。景自身、十六年生きてきて、こういったシロモノに会うのは初めての経験だった。目の前――もっと具体的に言うなら、五月の真後ろ――には、常識では到底考えられないほどにうごめく、観葉植物があったのである!
「きゃ――――――っ!!」
五月が恐怖に耐えきれずに、走り出す。
「五月っ」
博希が追おうとするが、その目の前に、新たな観葉植物が現れる。景は冷静に状況を見た。

  温室中の観葉植物が……『動いて』いる!?

そんな馬鹿な。パニック映画じゃあるまいし、観葉植物が動き出すなんて。どこかにカラクリがあるはず……そう思って、景は何とかそのカラクリを捜し出そうとするが、いかんせん、あまりにもその数と動きが多種多様すぎて、かなわない。捕まえられるもんなら捕まえて標本にでもしたいもんである。
「いやあ―――――――!」
突然に、景の思考を遮るような悲鳴。五月がわめきながら逃げ回っているのだ。しかも五月自身、完全にパニックの直中にいるようで、どこに逃げているのか、自分でも良く解っていない。
 背中に観葉植物。
「来ないで――――――!」
 そうかと思えば目の前に観葉植物。
「嫌い――――――!」
 横から観葉植物!
「助けてヒロく――――ん!!」
博希もなんとかしようと思っている。思ってはいるが、武器が何もない。さっきから沙織のじょうろを振り回して、「ヤアヤア」と言っているだけ。それでも効果はあるらしく、観葉植物たちは少しはひるんでいるようだが。
 素手で戦ってどうにかなる相手ではない。ちぎりゃ済むだろうが、数が多すぎる。いっそ焼くか? ……火種がない。……そうか!
「景っ、さっきの爆弾、出せ! ついでにマッチも!」
だが返事が返ってこない。
「景?」
ふるふると首を振るのが、博希には見えた。
「まさか……」
「爆弾はあれ一個です。ついでにマッチもあれ一本でした」
絶句。
「なんでだよっ!!」
「こんな事態なんて予想できますか!?」
「…………」
博希の背中に、逃げて来た五月がどーん、とぶつかった。
「ヒロく〜〜ん……」
えぐえぐとしゃくり上げる。涙がこぼれる寸前まできている。だが観葉植物たちは、五月の涙にほだされるほど性格(?)がいいわけではなかったらしい。再び、固まった三人に向かって襲いかかってきた!
「うわあああ!!」
「なんなんですか一体っ……! まさか……どこからか放射能が?」
「ンな訳ないでしょ――――!?」
こんな時でも、実に冷静に状況を見ていた景はその時、逃げる五月の、完全に死角になった位置から、観葉植物が蔓を伸ばしているのを見た。景はそして、まったく自分の計算にない行動に、出た。
「五月サンっ、危ないっ……」
のちに景は、「体が勝手に動いていたんですよ」とこの時のことを語る。いつもの彼のペースからは考えられないくらいに素早く、景は五月の体に覆いかぶさる形で五月に飛びかかった。
「か……カーくん!?」
何が起こったか解らないのは五月である。だが次の瞬間、五月は自分に飛びかかった景の腕に、蔓が巻きついていくのを見た。
「――――!」
「うわっ……」
景の体はぐいん、と、蔓に持ち上げられた。腕だけではなくて、気がつくと、腰にも足にも、蔓は巻きついていた。
「景!」
「ぐ、っ……」
じたばたするのは性に合わないながらも、とにかく動いてみなくては始まるまい。景はどうにか手足をばたばたさせてみた。だが、この蔓は、思いの外に強い。
「てめぇっ、景を放せっ!」
博希が叫ぶ。当然、観葉植物に言っているのである。五月はその時、温室のドアを開けて、誰でもいい、警備員か先生かに助けを求めればいいんじゃないか、という考えが浮かんでいた。だが――
「ドアが……ドアが開かないよう」
ドアに、観葉植物の蔓が巻きついていた。それも、何重にも。まるで、彼らを最初からここに閉じ込める手筈になっていたかのように、観葉植物たちの動きは周到なものだった。
 景に巻きついている観葉植物とはまた別の蔓が、ぐるうん、と、輪を描いた。それは人が一人、やっと入るくらいの輪。
「輪くぐりでもやらそうってのかよっ」
だが、そうではないらしいことが、次の瞬間に知れた。輪の中が真っ黒く染まって、奇妙な空間を生み出していたからである。
「なんだ、ありゃ……」
ごおおおお……と、風が起こる。奇妙な空間からの風であることは、その周りのものが少しずつ吸い込まれていることから解った。そして、その輪の手前にいる景の髪の毛や服が風になびいている……まさか……博希は叫んだ。
「景! 離れろ、吸い込まれるぞっ!」
「解ってますよ、解ってますけど……動けないんですっ」
もがけばもがくほど、蔓は景の体を締めつける。
「……くう」
強い引力。景にもう、抗う術はない。そして、腕の一部が、奇妙な空間にずるり、と入り込んだ。
「うっ……」
ぞくり。景の全身に、不快感が走る。だが、それまでであった。
「う……わああああああ…………」
蔓に巻きつけられたまま、景は、蔓によって生み出された奇妙な空間の中に、吸い込まれてしまった!
「景――――!」
程なくして、景を巻きつけていたらしい蔓が、空間の中から戻って来た。
「ど、どうしよう? カーくんが、連れてかれちゃった……」
「決まってるだろ、助けに行かねぇと……」
「どうやって!?」
だが、その心配はいらなかった。二人が景救出について言い合いをしている間、観葉植物の蔓は、博希の足と、五月の腰に迫っていたのである。
「うげえっ!?」
「気持ち悪いっ」
気づくのが遅かった。二人もまた、蔓に巻きつかれてしまった。
「そうだ、このまま、吸い込まれれば、景に会えるかもしれない、……」
もしかしたら、沙織さえ、この観葉植物にやられたのかも……蔓が足に巻きついた博希は、逆さまになったまま、そう考えた。無論根拠なんてものはない。だが、景がこの中に吸い込まれたという事実は確かだ、とするなら、吸い込まれれば、景を助けにいける! 脱出方法なんてそのうち考えればいい。
「五月っ、行くぜ! 景を助けに!」
「うん、解ってる、でもちょっと怖いよ……」
「ガタガタぬかすな! 俺がついてる」
五月はうん、とうなずいた。あの空間から、再び、風が起きた。
「うりゃああああ…………」
「きゃああああ…………」
二人の叫び声を残して、温室は、静かになった。奇妙な空間はその輪が閉じられることにより姿を消し、いつか、観葉植物もそれぞれの場に戻って、それっきり、動かなくなった。
 そして、後には、沙織のじょうろのみが残された。
 雨が、降り出した。


 不意に、まぶたに光を感じる。
「……う」
眩しい。博希はしばらく、まぶたに重みを感じた。
「気がついたようだな」
「……え……?」
優しい男性の声がした。そこでやっと、博希は目を開けることができたが、まだ、自分が一体どこにいるのか、判然としなかった。
 その部屋はとても暖かだった。学校の保健室でもないし、自分の家でもない。五月の家とも違う。どちらかというと雰囲気は景の家に似ているが、なんとなく違う。とすると……?
「ここは、どこだ」
つぶやいてみる。わずかだが起き上がる事ができた。隣には、五月が寝かされていた。
「五月。五月」
「……んーんん……」
少しむずかって、目を覚ます。
「ヒロくん……ここ、どこ……」
「解らん。人がいるみたいだから、そいつに聞けばいいよ」
博希はさっき、自分に声をかけた人物の影を捜した。人物は、台所とおぼしき所に立っていた。二人のほうを見ないで、言う。
「二人とも目覚めたらしいな。皿を一つ追加しよう」
長い髪。五月よりも、長い。そして、ゲームやテレビでしか見たことのない、何か良く解らない服。ああそうだ、神官とか賢者とかが着ているような服だ……博希はぼんやりとそんなことを考えた。鍋をかき回す人物の背に向かって、博希は言った。
「あんた、誰だ。そして、ここは、どこだ」
人物は、とても美しい白髪を揺らした。鍋の中身はまだ温まりきらないらしい。かき回す手を止めて、博希たちのほうへ歩み寄って来た。その白髪に似合わない、若々しい顔。自分たちより少し年上……だろうか。
「ここは私の家だ」
「ンなこたぁ解ってる! ここは円角のどこかって聞いてんだよ」
「マルスミ……?」
「知らねえのかよ。K県円角市」
「ケーケン?」
K県円角市とは博希たちの住む街である。
「じゃあここはどこなの? 日本じゃないの?」
「二ホン……? ここはコスポルーダだが……二ホンとは聞き慣れぬ都市だな」
「なんだと……?」
五月が、博希の服の裾を引っ張る。
「ね、ね、ヒロくん。『コスポルーダ』って、ぼくが今日、授業中に見た夢の中の人が言ってた」
「……!」
それを聞いて博希もハッとした。自分も、その名前には聞き覚えがあった。
「そうか、ニホン……ひょっとして、ジアルーパのことか。君たちはアイルッシュから来たのではないかな」
白髪の男性が言うのを聞いて、博希も五月も、首をかしげた。
『おい五月、アイルッシュなんて国、聞いたことあるか?』
『ぼく、地理の授業は寝てたからわかんないよ。カーくんなら解るかもしれない』
『! そうだ、景は……?』
『知らないよう』
博希は白髪の男性に聞いた。
「俺たちの前に、もう一人、来なかったか。眼鏡をかけた奴なんだけど」
「髪の毛がサラサラしてるの。頭よさそうな顔してるの」
博希と五月の説明で、話の腰が折れたが、白髪の男性はふむ、とうなずいて言った。
「その人物なら、今、奥の部屋に寝かせている」
「景に何かしたのか!?」
白髪の男性は博希の言葉にまず呆気にとられて、それからハハハハハと笑った。
「まさか。昨日、家の前に倒れていたから、保護しておいただけだ」
その時、ガタン……と音がして、よろよろと、景が現れた。頭が重いらしい。頭に手をやって、少し苦しそうに、博希たちを見た。
「博希サン……五月サン……?」
「景!」
「僕は……どのくらい眠っていたんですか……?」
誰に言うともなしにつぶやいたが、博希が何か言うより早く、白髪の男性が、言った。
「丸一日といったところだ。随分ぐっすり眠っていた」
「そう、ですか。ところであなたは……」
景は白髪の人物を見た。質問が最初に戻ったな、と、白髪の人物は思った。
「こいつ、変なんだ。俺たちがアイルッシュとかいう所から来ただの、ここがコスポルーダってトコだの言うんだぜ」
「変とは心外な言われようだな。私は事実を話しているだけだが」
「カーくん、アイルッシュって国、知ってる?」
景はまだ回りきらない頭の中で、自分の辞典をめくっていた。
「僕の頭の中には入っていませんね。初めて聞く国名ですよ」
そこまで聞いた白髪の男性は、だろうな、という顔をして、言った。
「多分君たちの世界では、チキュウと言うのだろう。違うかな?」
「何で地球がアイルッシュなんだよ」
「ここが、さっきも言った通り、アイルッシュ――チキュウではないからだ。ここはコスポルーダという世界。君たちの目から見れば、異世界ということになるのかもしれないが」
「異世界だぁ!?」
「そう。この世界にやってきた君たちは、異邦人なのだよ」

-To Be Continued-



  というわけで、私は名前がまだだが『白髪の男性』だ。
  やっと話が動き出してきたな。
  しかし、これであいつらが納得するかどうかが問題なんだが……
  理解力のある者が一人しかいないというのはまったく骨が折れる。
  次回、Chapter:3 「証拠はどこにある!?」
  もう少し、あいつらに解りやすく話してやらねばならぬらしいな。

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