窓の中のWILL



―Fifth World―

Chapter:76 「スカは、スカだろ」

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『ゆ……勇士……様……?』
 フォルシーのくちばしがかちかち震えた。鳥でもそんなんなることあるんだな、博希は自分の心の、ほんのわずかに残っていた冷静な部分でそう思った。しかし、大部分は、とても冷静ではいられなかった。
 さっきまで景に対して必死に力を注ぎかけていた五月の手の中に、大きな桃色の宝石――大きさからして宝珠といったほうがいいかもしれない――があり、しかもそれがまばゆい光を放っていたのである。
「五月……こりゃ……なんだ……!?」
「…………………」
五月は答えない。今までに博希や景に見せたこともないような深い色の瞳で、じっと宝珠を見つめている。心なしか、そうすることでなお光はまばゆさを増してゆくような感じさえ見せていた。
「これは……フォルシー、お前、スカからなんか聞いてないのか!」
『解りません、私にとっても『伝説』は初めてのことですから、あるいはこれは予定調和だったのかも――ですが正確なことは知りません。スカフィード様にお聞きになられましたらいかがです?』
「そう……だな」
一人と一羽は明らかに動揺し、落ち着きをなくしていた。しかしそれでも、一刻も早くスカフィードのところに景を運ばなくてはならない。たとえ五月の力で景の状態が落ち着いたとしても、こんなところに野ざらしにしておくわけにはいかないからだ。
 博希は無理矢理に五月と景をフォルシーの背中に乗せ、スカフィードのところへ飛んでいってもらった。
「わ」
途中、雨が降り出す。博希は思わず頭に手をやってから、この世界が普通の雨の降るところではないことに気がついて手を下ろした。絶え間なく降り出した雨は、緑色の光だった。
「この雨……じゃあここは……グリーンライか!?」
『そうです。スカフィード様のいらっしゃるところにごく近いところなのです、ですから不思議に思っていたのですよ。なぜここに、と』
「……なんでだろうなあ……」
冗談で言っているのではなく、本当に博希にはなぜなのか解らなかった。気がついたら草の上に転がっていたし、目が覚めたら景が刺されていた。今の自分が得ている情報はすこぶる少ないのだ。
「…………」
ダメだ会話が続かない。情報のない者同士で会話をすると往々にしてこういうことが起こるから困るのだ。情報を持っていそうな人間は今現在しゃべれないし。広い翼の上、会話のないまま、スカフィードの家はすぐ目の前に来ていた。


「――なんだこの強い魔力は――!?」
 ビリビリとひりつくほどの力を全身に感じ、スカフィードが家の外へ出たとき、フォルシーはちょうど着地準備についていた。
『スカフィード様、勇士様方を連れて参りました』
「博希? ピンクフーラにいたのではなかったのか」
「事情が変わったんだ! ちょっとコイツを見てくれ」
博希が翼からすたんと降り、五月の首根っこをつかんで引き摺り下ろす。五月はまだ焦点の合わぬどろんとした瞳で、宝珠を抱き続けていた。
「なんだこれは!?」
「解んねえから聞いてんだよ!」
五月の持つ宝珠に、スカフィードまで動揺しきっている。博希はとりあえず、今自分が解っているだけのことを手短にスカフィードに伝えた。
「景が刺されて五月が宝珠を出した? ……馬鹿な……この宝珠はそう簡単に出るはずがないぞ」
「スカ、あんた、これがどんなモンか解ってるのかよ?」
「スカ!?」
それが自分のことだ、と理解するのに、スカフィードはやや多めの時間を要した。しかし憤慨する間もなく、博希が半分興奮したような口調でまくし立てる。
「とにかく景を寝かせてやってくれ! 話はそれからだ! それと俺腹減ってるからスープよこせ」
このどさくさに紛れて自分の希望も的確に伝えているあたり、賢いといえば賢い。スカフィードは自分でもよく解らない感心をしたあと、景と五月を家の中に運び――五月についてはやはり【誘導した】というより【運んだ】という表現がしっくりくるほど、意思が見られなかった――ようやく落ち着いた。
 改めて鍋を温め、博希用のスープ皿を出してやる。他の皿よりひと回り大きいのだ。景は寝室に寝かせた。五月は、やはりさっきの体勢のまま、景のそばから離れようとしない。初めてにも等しく、スカフィードと博希は向かい合って座った。
「新作だよ。味付けを変えてみた」
「よくそんな余裕あんな」
「そうでもしていないと、不安で私自身が壊れてしまいそうなのだよ」
「……」
博希は大盛りのスープを行儀よく食べながら、苦笑するスカフィードを多少非難がましく見た。
「で、知ってるんじゃないのか。あのデカイのについてさ」
「……話には聞いていたが……見るのは初めてだった。『伝説』に関する書物に通じていたはずの私がね。驚いたよ」
「ありゃなんなんだ。なんで五月に出た」
景に話すのとは違うから、スカフィードはできるだけ気を使って、解りやすく話すように努めた。五月に話すのとも少し違うし、三者三様の気の使い方をしなければいけないあたり、この神官も苦労性といえば苦労性なのである。
「ずいぶん前の『伝説』になる。その頃まだ『伝説』は口で伝えられていた」
「口伝、ってやつか。じゃ、あの玉、俺たちのすぐ前にはなかったんだ」
「そうらしい。もう数十万年前の大接近の時、今のようにコスポルーダが滅びかけるほどの影響が出た。その時の【伝説の勇士】が、影響を封じ込めるために使ったのが、五月の持っているようなオーブだったのだ」
「オーブ?」
「あれはそう呼ぶのだよ」
その名称なら博希もゲームで見たことがある。ああそうか、オーブというのはああいう形をしているのか――ひとしきり納得して、新しい疑問。
「じゃ、それがどうして五月に出たんだよ」
「今回の大接近は、歴史書にも載っていないほど珍しいのだ。アイルッシュから『勇士』がやってくることなど、今までになかった。……だから、何が起きたとしても、不思議ではないけれど……」
「……俺にも出たり、するかな」
「もし五月のオーブが本物ならばね。たぶん本物だろう、あのオーブからはとてつもない魔力を感じた」
「とてつもない魔力って! 俺ら人間だぞ!」
「そうは言ってもお前たちは【伝説の勇士】だろう。……きっと何かが起きているんだ……今までの『伝説』に記されなかった何かがね」
それで一応の区切りがついたかのように、スカフィードは立ち上がった。博希が何か物足りなさそうな顔でスープ皿の底をつついていたので、欲求を察したのである。
「……で、五月と景は」
「景は大丈夫だ。五月のオーブのせいかな、出血も止まっているし命には別状ないだろう。顔色もいいし……あとは五月なんだが……」
恐らく、と前置いて、スカフィードはスープ皿を博希に渡した。
「素直なのだろう。一生懸命というかね。今は景を助けることしか頭にないのだと思う――」
「俺が素直じゃねえみてえな言い方だな」
「ははは、それは違う。お前は引き際を解っている。自分でどこまでやればいいか本能で解っているんだよ。……褒めているんだぞ」
「解ってる」
しかし何か憮然とした顔で、博希は二杯目のスープを平らげた。
 途方もない力。今まで経験し、見た『爆発』とは違う。宝珠――もとい、スカフィードがそう言ったのでオーブと呼ぼうか、あんなものははじめて見た。そういえば景がいつだか「もうどんなことにも驚かないつもりでしたが」と言っていたけれど――今、自分はそんな気分なのだ。博希はスプーンをくわえて椅子にぎしぎしもたれた。その時――――
「ヒロくん」
ぼそりと、しかしはっきりとしたつぶやきが博希の耳に入った。間違いなくそれが五月のものだ、と認識するのは早かったけれど、思わぬところで思わぬ声が聞こえたものだから、博希はなぜか
「ぎゃあ」
と叫んで椅子ごとひっくり返った。
「博希ッ。……五月……大丈夫なのか。身体、おかしいところはないか?」
スカフィードが裾も乱れんほどの速さで五月に駆け寄る。五月の手にはまだ、桃色のオーブが握られていた。
「ぼく……ぼくは平気……カーくんは? カーくんはどうなったの……」
「景なら大丈夫だ! お前が頑張ってくれたから、景はよくなる!」
自分の身体と椅子を起こしながら、博希が叫ぶように言う。
「よかったあ……」
ふわあ、と笑って、五月はスカフィードの腕の中に崩れた。しっかり抱きしめていたオーブが、胸の中に消える――――
「ああァぁああァあア!!??!?」
もちろん叫んだのは博希である。駆け寄って、五月の胸のあたりをすすすすとなでてみるが、もうその時にはオーブは影も形もなかった。
「スカ、これって……どういう……」
「五月と一体化した、ということだろうか……。今、ほんの一瞬だったけれども、オーブに五月のエンブレムが映りこんでいたのを見た。映りこんでいるというよりは――まるで、【核】になっているような」
「核だあ?」
「――オーブはもしかすると、――や、これはまだ想像の域を出ないから言わずにおこう」
「ずるいぞ」
今目の前にいる『勇士』は、言わずにおこう、といってそのまま流してくれるような性格の男ではなかった。スカフィードはしまったと思いつつも、五月を抱えたまま、まるで保育士か父親のように困惑した表情を浮かべていた。
「スカは……ズリぃんだよ。肝心なことは何も言わねえだろが。自分の正体だって隠して」
「!」
一瞬ひくついてから、スカフィードは先日そのことを景に打ち明けたことを思い出した。そうか。景が言ったのか――――
「言っとくけど景と五月は何も言ってねえぞ」
「え……じゃあ」
心を先読みされた。では景は二人に話していないのか。暇がなかったのだろうか。まるで立場が違ってきた二人の間には、何か妙な空気が流れ始めていた。
「見てりゃなんとなく解るさ。神主さんの雰囲気じゃねえんだもん、スカは。RPGでいうならどこかの王様とか王子様って雰囲気だもんよ。あ、年いってるから王子様ってのはビミョーかもしんねえけど」
これは感覚なのか。解っていて言っているのではなく、まったく知らない状態から。スカフィードは以前のたわいない雑談の中で、景が口走ったことを思い出していた。まだ、博希や五月が勇士になるということにスカフィード自身自信が持てていなかった頃の――

『あれでね、案外博希サンは頭がいいんですよ。ただ理知的というよりも、野性的なカンに優れているといいますか……付き合えば解ります』

そういうことなのか。スカフィードはやっと博希のほんの少しが解った気がして、博希には解らないように自虐的に笑うと、景に話したのと同じように、自分の正体を語った。


「……そういうわけなのだ。今まで隠していて、申し訳なかった」
「どうして謝る? 俺にゃあ「ほうそうですか」としか言えないじゃないか」
そこそこに相槌を打ちながらスカフィードの話を聞いていた博希は、そう言って会話を締めくくった。
「……じゃあお前は、私が王族でも……?」
「関係ねえだろ。スカはそもそも「神官です」つってたんだ、今「王族です」って言ったとしてもやっぱ「ハイそうですか」だよ」
スカフィードはほっとしたと同時に、自分の杞憂ぶりにほとほとあきれ果てた。ならばはじめから隠す必要などなかったのだ。多分――五月に打ち明けたとしても、同じような言葉が返ってくるに違いない。
「スカは、スカだろ」
そう言って、博希はにーと笑った。スカフィードはそれだけで、救われた気がした。


 五月もベッドに寝かせてしまうと、スカフィードは本格的に景の具合を見た。刺されたときに一応鎧装着していたため、傷としてはそうひどいものではなかったが、マリセルヴィネの魔力が流れ込んだ分、身体に受けたダメージが大きかったようだった。
「こっちも……。あーあー、ボロボロだな……」
傷の具合を見てしまってから、彼は景のポケットに入っていたものをつまみあげた。オルデによってグダグダにつぶされた通信機。
「こりゃ直るかな……?」
やってみなくては解るまい。スカフィードはともかくも通信機に魔法をかけてみた。
「どうだよ」
「解らないな。なにしろここまでグチャグチャだとは思わなかった」
お疲れ――それだけ声をかけ、博希が景の方に目をやると、わずかに、景が動いた気がした。
「景!」
「……うう」
小さくうめきながら、重苦しそうに目を開ける。
「博希……サン……?」
「解るのか? 解るんだな?!」
「……十年来の……友人でしょう……。解らない、わけが……ありません」
「それだけ言えるなら十分だ。よかったなっ、と」
泣きたいのを隠すためか、よそを向いて枕をひとつぼふっと投げると、博希はもといた部屋に戻った。
「意識が戻ってよかったよ。五月のおかげだ」
スカフィードがそう言って柔らかく笑うと、景は少し眉をひそめた。
「五月サン……が?」
起き上がる景を制して、スカフィードは、五月のオーブのことを話した。景は景で、途切れ途切れになりながらも、禍々しい“ほころび”のこと、自分が刺されたことを、実に淡々と話してのけた。
「その“ほころび”に関しては、完全に私の関知していないところのものだ」
「ではいったい誰が?」
「さあ……あるいはレドルアビデかもしれないが――確定はできない」
景もスカフィードと同じように慎重論者であるから、これ以上の言及を避けた。憶測だけでものを言うのが今のところ危険な行為であるということを、彼は本能で解っていた。
「もう少し体が落ち着いたら、いったん向こうに帰ろうと思います。今マリセルヴィネやクラヴィーリを追うのは危険な気がして」
「それは私もそう思う。あの二人が残っている以上、不安要素はまだ多分にあるがね……。お前たちが本調子でない限り、こちらとしては手の出しようがないのだし」
「ありがとうございます。ところで……ええと、お姉様は」
「ああ……皇姫か……」
つぶやいて、スカフィードは博希に「あのこと」を話したことを言いながら、彼女のライフクリスタルを大事そうに持ってきた。
「だから言ったでしょう、博希サンは僕とは別の意味で『聡い』と」
「うん。――救われたよ」
両の手にやさしくライフクリスタルを抱き、スカフィードはゆうるりと笑った。景は、彼の王族たる理由がなんとなく解る気がした。
「……!?」
そんな彼が一瞬、目を見開いたものだから、景も驚いた。
「どうしたんですか?!」
よその部屋にいた博希もとんでくる。
「どうかしたか?」
「いや……これ……これは……【エヴィーア】が……」
もちろん【エヴィーア】とは、魔法をかけられ花にされた皇姫マスカレッタのことである。
「お姫様がどうかしたかよ?」
「先日見たときには……確かに皇姫の姿などもう確認できないほど『花』になっていたのに……」
スカフィードはライフクリスタルを示した。【エヴィーアの花】が映る――。
「!」
「これは!?」
二人も驚いた後、もう一度よく見る。
「花じゃねえよこれ。俺らが最初に見たときよりも、人間じゃないか」
「確かに、今の状態では、ただツタに絡まれた人と言ったほうが近いですね」
「皇姫が『花』でなくなったということか……? なぜ……?」
三人は少し、考え込む。
「……【エヴィーア】はレドルアビデの魔法だったはずですね」
「うん……彼が独自に皇姫にかけた魔法のはずだ」
「じゃああれか! 魔法が弱まったのか? なんでだろ?」
「自分で勝手に確定して疑問化してれば世話ないですね」
景が皮肉る。
「それだけ嫌味が言えりゃ全快も早いだろーぜ」
「嫌味ではありません。皮肉です」
「まぜっかえすのはそれくらいにしておいてくれないか。話が進まない」
スカフィードが制した。そして、ライフクリスタルを棚に戻す。
「あの皇姫の姿が真実のものなら――間違いなくそうだとは思うが――博希の言ったことは当たりだと思う……レドルアビデの魔力が弱まっているというさっきの指摘だ。だがそれがなぜなのか解らない」
「歴史書にないことが起こっている――――ですね」
毛布をたたみながら景は言った。「大丈夫かよ」と博希は言ったが、景は「僕の身体のことは僕が一番知っています」とはねのけた。スカフィードは景にほんの少し回復魔法をかけてやると、スープの鍋に向かった。
「これから、恐らく私にも想像のつかない事態になってゆくだろう。頼んだのは私だけれども――どうか、頑張ってもらいたい」
「言われなくても頑張るに決まってら」
「僕も同じ気持ちですよ。多分、五月サンもね」
スカフィードは本当に救われる気がした。「ありがとう」と繰り返しながら、彼はスープ鍋のふたを開いた。
「……」
博希がなぜかこそこそと出入り口ドアへ向かう。
「博希ッ! 食べたな、スープ全部!!」

-To Be Continued-



  こういうことがあるから全信用できないんだ!
  メリハリがあるのはいいことだが、
  やっぱり私にはついていけないぞ……。
  で、次回はアイルッシュ話に入るのかな。
  次回、Chapter:77 「捨てた名で呼ぶな」
  向こうでも何かが起きている!! 気をつけろ、三人!!

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