窓の中のWILL



―Third World―

Chapter:39 「よーしよしよし、大丈夫だ、大丈夫」

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「もしもーし。もしも――し!!」
 フォルシーに乗ってファンフィーヌの居城へ急ぐ博希は、彼にしては至極珍しく、景たちに連絡をとろうとしていた。だが、景のほうも五月のほうも、ノイズばかりが走って応答がない。
「あいつら一体なにやってんだよ!?」
彼らはファンフィーヌのところに、『博希のために』乗り込んでいったのであって、何やってるもなにもないものだが、今回の状況のつかめなさ加減が、なお博希の混乱を誘っていた。
『あなた様がファンフィーヌの『呪』にかけられたので、お二方はそれを解くために行かれたのです』
というのは先程フォルシーから聞いたが、現時点で体に何の変哲もない博希にとって、その実感は全くといっていいほど、ない。
「くそっ。とりあえず急いでくれっ!」
『はいっ!!』
フォルシーは向かい風の中、飛び続けた。


「そのままで――永遠に覚めることのない、幼き日の夢を見続けるがいい。もう一人も同じように片づけてあげるわっ!」
 回廊の上、五月と景を見下ろしながら、ファンフィーヌはそうつぶやいた。林立する鏡に囲まれて、五月はうずくまって、くすんくすんと泣いている。
「こあいよう。こあいよう……」
それを、やっと自分の認めるだけのシリアスさを取り戻せたデストダが、冷ややかな目で見つめていた。
「あれだけ自分のことをおちょくっておいて、成れの果てがコレか」
五月を小突き、次いで自分を不思議そうな目で見る景に目をやると、デストダはフン――と笑って、ファンフィーヌの城を出た。
「レドルアビデ様に、報告を」
飛び立つ彼は今、自分の人生の中で一番幸福だった。その理由はあえて言うまい。


 コスポルーダの地理的な関係で、幸運にも(もっともそれはデストダにおいてのみであるけれども)博希とデストダはハチ合わせすることなく、それぞれの目的地に到着することになる。
「ここ、か」
『はい。入り口はそこに』
フォルシーの翼が、装飾の施された扉を指した。
「解った。あのな、フォルシー」
『はい。何でしょう?』
「できたらよ、ここで待ってちゃくんねェか」
『え?』
「俺たちが戻ってきたとき、お前にここで待っててほしいんだよ。ぜってー戻ってくるからさっ!」
博希は、五月や景にいつもやるように、フォルシーの翼に、握り拳をちょん、と当てた。フォルシーは博希をふいっ、と見上げると、恐らく嬉しそうな表情で、
『承知しました、待っております』
そう、言った。博希はうん、とうなずくと、城の扉を重そうに押した。
「うあ」
博希は城内に足を踏み入れたその瞬間、眩しさに顔をしかめた。ライトと、鏡の光とが、一斉に博希を襲う。
「――――あ――――、うーん」
やっと、光に目が慣れた彼は、たぶん自分でも驚くほどはっきりと、その目を開けた。
「おあっ」
まったくいちいち反応の豊かな若者であるが、今現在そんなことははっきりいってどうでもよく、つまり博希は林立する鏡に驚きと興奮の混じった声を上げたのである。
「すっげえ! ミラーハウスみてェ!! 面白そ――」
予測できなかった反応ではないが、ここまであからさまだとかえって清々しいものがある。
「っつーか、ここに、景と五月いるんだよな。あいつらばっかずりーな、先に楽しみやがってさ」
ファンフィーヌの魔法を知っていたならここまで堂々としたセリフなど吐けまい。いやむしろ、ツッコミ役が一人もいないため、博希のやりたい放題となっているといっていい。
「あいつら二人を探すのが先だなあ。遊ぶのはそれからでいーや」
どうにもやはり、この『鏡の林』の中で遊びたいらしい。本人曰くの『育ち盛りの十六歳』であるから、無理からぬことではあろうが。
「景――っ。五月――っ。どこだっ」
 大声を張り上げる博希。だが、返事はない。
「少し、歩いてみるしかねェか」
博希は鏡のある一面に手を当てると、ペタンペタンとつたいながら、歩き始めた。
「鏡の一面ずつを頼りにつたい歩くとぶつからない。これがミラーハウス攻略の極意」
嬉しそうな上に楽しそうである。それでも目的は果たそうとしているのだから、止めはすまい。
「それにしても鏡しかねェのな。あいつらホントにどこ行ったんだ?」
博希は頭をかきかき、鏡の林を進む。


 ファンフィーヌの手の中で、もう一つの砂時計が、ゆれた。
「――来た、わね」
「! 今誰かしゃべったなっ。誰だっ」
「……ずいぶんな地獄耳だこと。私はパープルウォー総統、ファンフィーヌ! あなたもそこの二人のように、永遠に過去の中で生きなさい!!」
「そこの――二人だと?」
誰かが自分のズボンを引っ張る感触を、博希は覚えた。
「…………?」
『あの二人』にしては、引っ張るズボンの位置が低すぎる、と、珍しくも博希の気はそこまで回ったが、引っ張るものの正体がつかめないのはあまりに気持ちが悪すぎる。博希は自分の視点を後ろかつ下に向けた。
 そして、見た。
「げええええっ!!??」
博希は今からダンスでも始めそうな、なんだか妙なポーズのまま硬直した。状況と常識さえ許すなら、間違いなく口から心臓ないしはそれとそれ以外のものまで飛び出していただろうというくらい、彼の驚きたるや凄まじいものがあった。
「……お前ら……?」
やっと紡ぎだせたのは、その言葉。
「お前、お前は……五月、だよな?」
「うん? ぼく、さちゅきだよ」
博希が両肩をつかんで聞いたのは、女の子のように愛くるしい瞳をもった、見ただけでそれと解る五月であったが、もう一人は――博希はなかなか、肯定的な言葉を紡ぎだすことができなかった。
「あのね、そのこ、なまえ、わからないの、だえかわからないの」
五月とおぼしき幼児が博希の後ろからそう言った。
「景。景か、お前?」
もう、それだけしか出なかった。博希の目の前にいたのは、博希の記憶の中にはない景だったが、少なくとも五月と一緒にいたから『そう』だとわかったのであり――そこにいた『たぶん景』であろう人物は、もみじのような手をにぎにぎさせて博希にすがろうとする、まだ1歳くらいの幼児であった。
「あーぶ」
「〜〜五月っ! ……今の景じゃ話わかんねーだろうからなっ、何でこんなことになっちまったんだよ!?」
「わかんないよう。さちゅきのパパもママもどこかにいっちゃったのう」
ああ、景に輪をかけてダメだったか。博希はさっき声のしたほうを見ると、叫んだ。
「どういうことか、説明してもらおうか、……えーっと、……誰だっけ?」
「不躾で失礼な男ね、ファンフィーヌよ!」
「あー、それだ、ファンフィーヌ。で、どうして、五月と景が子供になっちまってんだ。俺にも解るように説明しろっ」
自分の頭のデキ具合をよくご存知らしい。
「簡単なことよ。私の『魔法』で、この二人が現在に変わってしまうまでの過去まで、時間を戻してあげただけ。私のようにね?」
「お前のように……?」
博希は膝をついて五月の頭をなで、景を抱きかかえると、言った。
「じゃあ景や五月はこの後、変わっちまった――ってことかよ!?」
「察しのよいことね。あなたも自分が変わる以前まで戻してあげるわ」
コトン――と、砂時計をひっくり返す音。その音は他のどんな話し声よりも鋭く響いた。途端に、景も見た、あの、鏡の揺らぎ。
 五月の手を引いて、景を抱いて、なんだか子守りのようになりつつも、博希は真面目な瞳で、鏡を見つめた。
「還りなさい。あなたの『過去』へ」
「やなこったね」
「そう言っていられるのも、今のうちよ!」
しかし博希はぐっと足を踏ん張って、鏡の揺らぎの気持ち悪さに泣き出した五月と景をあやした。
「よーしよしよし、大丈夫だ、大丈夫」
こんなところはやはり妹のいる兄貴らしい。
「あぶ、あう」
「えぐ、すん、えぐ」
「泣きやんだな? ふたりともいい子だ。よしよし」
抱きかかえた景の後ろ頭を優しくぽんぽん、と叩くと、博希はファンフィーヌに半ばケンカを売るような口調で、言い放った。
「さあ、やれるもんならやってみろ!!」
というか前回二人の例からいくなら、博希もすでに『過去』になっていておかしくはないのである。しかし彼は――『そのまま』、だった。それが、ファンフィーヌの焦燥を生み出した。
「な、ぜ……!? ありえない、こんな……!」
「俺ァ自慢じゃねェが、ガキの頃から変わっちゃいねぇんだよっ。そのまま大きくなったんだっ」
「そんなバカな、そんな、……!」
「そんなバカなもバナナもナンキンマメもあるかっ。ここにいい例がいるだろっ」
博希は果てしなくカッコよく、自分を親指で指した。……ただし、五月と景を率いたまま。
「とにかくこれじゃラチがあかん。もったいねェけど、この鏡、ぶっ壊させてもらうぜ!」
「なんですって……!」
博希はそして、鎧装着しようと、した。
「レジェンド、……レ……あれ……!?」
鎧装着のキーワードを唱えようとした博希は、ふいに、口をつぐんだ。

 思い出せない。

博希はその時、気がついた。

 俺も、『過去』に、戻ってたんだ。

それにしても博希まで『過去』に戻ったとしたら、それはまったく姿に変わりがなく鎧装着のキーワードを知らないということから考えて、勇士になる直前だろう。だとするとこの『過去』はほんの数週間前である。どのみち生まれてから大して変わっていなかったということにはなるが、このままでは鎧装着もできない。
「ええい、とにかく、この鏡はぶち破る! うりゃあああっ!!」
叫ぶなりまず、目の前の鏡に蹴りをかます。バ――――ンッ! と音がして、鏡が粉々に砕けた。景と五月は自分を盾にすることで、守った。
「おら、続けていくぞ! 五月、俺の肩に乗れ!」
たぶんそれは無意識に発した提案であったろう。きっと今の彼にはそんな意識のかけらもなかったろうが――
「わああい」
五月が博希の首にしがみついて、はしゃいだ。
「動くなよ! ヘタに動くと鏡でケガするぜっ」
景は小脇に抱える体勢となった。
「五月っ、目ェつぶってろ! 景、寝ろ!」
五月にはともかく景には相当無理な注文を加え、博希は走り出した。彼は続けざまに、二人をかばいながら、鏡をまたも叩き割った!
「おらおらっ、世にも珍しい子連れのヒーローのお通りだぜッ!!」
そりゃあそんなものあまり見たことがない。ましてや現代劇となると。
「くっ……でも鎧装着できないならば、それはただの子供! ――私の『魔法』が、砂時計だけだと思わないことね!」


「――命を、捨てにきたか」
水面はいつものように、静かにたゆたっていた。
「本当によろしいので!? 自分は今度こそ、あやつら、倒されるものと……」
「倒される? つまらぬことを言う」
「え……!?」
牙が鈍く光った。奇妙な微笑みがもれる……
「ファンフィーヌはここまでと見て間違いあるまいな。デストダ、オレンジファイへ飛べ。リテアルフィを呼ぶのだ」
「リテアルフィ様を」
「これで勇士たちがどう出るかな……行け!」
「ははっ」
部屋に一人残った支配者は、そばに控えていたもう一つの影に、語りかけるように言った。
「――手助けをしてやれ」
「手助けを?」
「カタは早めにつけた方がよかろう」
「あなたがどうされたいのか――私には解りかねます」
「そのうち解る」
「……承知。ならば急ぎ、勇士たちのもとへ飛びまする」
「すぐ、戻ってこい。重要な使命が残っているからな、リオール」
「は」
死んだようだがわずかな生気の見え隠れする瞳が、静かにうなずいた。
 影はいつの間にかいなくなった。黒い翼をゆらしながら、支配者はたゆたう水面を再度見つめ、やがて、その画面を消した。
「所詮はコマよ、ファンフィーヌ……」


 博希は肩で息をしながら、二人の子供を引き連れて、破壊された鏡の山の中、絶叫した。
「出て来やがれファンフィーヌううう!!」
その時、――たぶんファンフィーヌがもう一度、砂時計をひっくり返したのだろう――残った鏡に、ファンフィーヌの姿が映った。
「なんだこりゃ……」
「私の封じ込めた『過去』。あなたは私を本気にさせてしまったわね……!」
「本気に? ナニぬかしやがる、俺はなっ、……」
だがそう言いつつも、博希は鏡の中に目をやった。のちに博希はこの時のことを『見たくなくてもテレビがついてたら自然と見ちまう法則』だと語った。その法則により、博希が見たものは、景と同じ、ファンフィーヌの過去だった。
「……こんなもん、俺に見せて、どうしようっていうんだよ? これは……お前なんだろう?」
「ええ、そうよ。私が自ら封じ込めた『過去』の苦しみを――そのまま、あなたに思い知らせてあげる!」
「なにっ、……うぐあああああっ!?」
博希はその場でのたうち回った。肺の中……? それとも、心臓……? どっちだって、いい、その辺りが……焼けるように……熱い…!!
「これが、お前の、苦しみ、なのか……?」
「その通り。私がどれだけ苦しんだか――私がどれだけ、辛かったか! その胸の焼けるような痛みが教えてくれるわ、そして、あなたはそこの二人よりも苦しんで死ぬの……!」
「二……人より、も……!? じゃあ、五月たちも……死ぬ、のか……」
「それが、私の、『呪』。ルピーダの村――ウォーレイドにはびこる『呪』と、一緒……」
そう言って、ファンフィーヌはホホホホ、と笑った。しかしどこか悲しそうな笑いには違いなかった。
「……っぐ、う……」
「おにいちゃん。おにいちゃあん」
「ぶう、あうぶ……んむ」
倒れてのたうち回る博希の頬や髪を、五月と景が心配して撫でた。もみじのようなかわいらしい四つの手が、自分を癒すような気が、博希はしたが、苦しさは治まらなかった。
「……景……、五……月……」

 お前らはいつでも、俺をそうして暖めてくれる。
 だから俺は――きっとそのままでいられた――

「俺は……負けねェぜ……」
「おにいちゃあん」
「あぶ、ぶう……」
「くそっ、それにしても……あと一枚くらい、鏡が割れたら!」
博希ははって移動しようとした。
「……五月と景、お前らはそこにいろ! 俺がなんとかするから!」
ああ、なんだか今回はカッコ良い。
(あ――もうなあ、なんだったっけなあ、なんか呪文みたいなのがあったと思うんだけどな〜〜……)
鎧装着の呪文がいまだに思い出せない、というより知らないといった方がいいのだろうが、博希は、苦しさに耐えながら、はって進みながら、頭をフル回転させながら、と、もうなんだか全身をいつもの何百倍も有効活用しながら、なんとかどれか一つだけでも達成させようともがいていた。
(それにしても、パターンからいうとこんな時、五月たちが人質に取られたりするんだよな。それで『動くな』っての……)
博希はまたそんな余計なことを考えた。
「だ――――!! 俺にどうしろっつーんだよ――――!!」
どうしろもなにもあるものか。
「くそおっ」
博希はいつもよりも余計なことを考えてしまった結果として、五月と景を両脇に抱える形で匍匐前進を始めることになった。
「背を低くしろっ。俺が抱えてるから大丈夫だ、目は閉じろよっ。景は寝てろっ。大きくなったら目を覚ませっ」
無理。


「――ずいぶん、手こずっているらしい――」
城の入り口で、長い髪の不法侵入者はそうつぶやいて苦笑した。
「まったく、仕方がないな」
タンッ――――床を蹴ると、弧を描いて、髪が揺れた。
「どこだ、伝説の勇士……」
だが捜す間もなく、博希の叫び声が、その耳に聞こえてくる。
「そこ、か」
 ――博希はまだ匍匐前進を続けていた。
「き――――――っ」
癇癪を起こして混乱し始めた博希の頭上から、なにか、ささやくような、声がする。
「…………ジ」
「あ?」
「レジェンドプロテクター・チェンジ……唱えろ、【伝説の勇士】。お前が忘れた、その言葉を。現在に、戻れ」
博希は上を見た。微妙な影が、彼の頭上に現れて消えた。
「誰っ!?」
ファンフィーヌが警戒して、その無礼な不法侵入者に叫びかける。
「あなたも私の『魔法』の餌食になりたいというわけね……」
「それだけは勘弁させてもらうわ。それに私は女――あなたの『魔法』の適用範囲と違う……わね?」
くすり、と、笑み。それから、
「忘れるな。すぐに唱えて……『レジェンドプロテクター・チェンジ』と」
「お前は誰なんだ!?」
「やはり『過去』か。――私の名は、紅の騎士、リオール……」
「リオール?」
「早くっ!」
「……解ったっ。レジェンドプロテクター・チェンジ!」
『過去』の博希にエンブレムがあったのかどうかははなはだ疑問であるが、仮にエンブレムのある『現在』にいつのまにか戻れていたとしても、なぜリオールを忘れているかというと――単純に物覚えが悪かっただけで。
 もう博希にとっても、自分が『過去』なのか『現在』なのか解らなくなってきた。どっちも、博希にとっては、『現在』なのかもしれなかった。
「おおおあっ」
体が――震える!


「役目は、終わった」
リオールは微笑みを残し、そのまま、去った。

-To Be Continued-



  ……えーっと……スマン、さっきまで笑いをこらえてて……
  いや笑い事じゃないのは解ってるんだが、なんせ景の……なあ……
  まあ次でThird World 終わりだし、どうか元に戻ってるように……
  それと平和に終われるように。
  次回、Chapter:40 「……嘘つきね……」
  ところでリオール、いやレドルアビデもだけど……なに考えてる!?

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