窓の中のWILL



―Third World―

Chapter:33 「……悪い夢を、見ていたんですよ……」

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 翌朝。
「逃げたですって!?」
執政官の怒号が、屋敷の中に響き渡った。
「はっ……はいっ!!」
「見張りは何をしていたの!?」
お約束ともとれる叱責。が、見張りは何が起こったのか全く解らないというような顔で、執政官の怒りを一手に引き受けていた。当然、それは取調官にも言えることで――  
「ですが、本当に、訳が解らないのです。あっという間に、目の前が真っ暗になって、気がついたら床に転がっていた次第で、その時には、奴らが煙のように消えていまして」
ということは、彼女らは見事に一晩、気絶したままだったのである。よほどリオールの一撃が強烈だったのであろう。
「馬鹿をお言いでないよ! ご丁寧に鍵を開けてあるじゃあないの?」
「はっ」
「牢屋に案内なさい!」
執政官は、頭を下げ続ける見張りと取調官を引き連れて、怒ったまま牢屋へと移動していった。
 執政官の屋敷と牢屋とは、そう離れていない。家一軒か二軒ほど隔てたくらいの距離である。執政官の頭の中は今、ファンフィーヌにどう言い訳をしようか――ということくらいしかなかったし、絶対に、逃げた三人――博希たちのことである――を捕まえなくては、という思いにもとらわれていた。


 結局、博希たちは橋の下の小屋で一夜を過ごした。
「ん」
五月が、ふにー、と目をこする。景はパチパチと火を焚きながら、何かを焼いていた。
「おはようございます」
「おはよー……何焼いてるの」
「朝ごはんですよ」
「朝メシ!?」
今までいびきをかいて寝ていたくせに、博希がガバッと起き上がる。
「……早いですね」
「メニューはなんだ?」
「教室でも何か焼いてたら目が覚めるんじゃないですか」
「米あるのか?」
「……会話になってませんね……焼いてるのは魚です! お米はありません。今日の朝ごはんは焼き魚ですよ」
「魚なんかどこでとってきたの」
「あちらで」
景は川を指差した。
「大丈夫?」
五月が焼ける魚を見ながら不安そうにつぶやいた。
「いらないなら僕がもらいます」
「いるよう」
「いーい匂いだ。こりゃうまいだろうな」
ほかほかと湯気を立てる焼き魚を、三人はそれぞれ葉っぱの上に乗っけた。
「キャンプみたい」
「早く食おうぜ」
「いただきます」
三人とも、黙りこくって、はぐはぐと魚に食いつく。博希の手が止まった。
「ふむ」
「どうしました」
「キロ千円ってとこかな」
「……卸値ですか。食べましょうよ早く」
「すまん」
しばらく、とても静かな時間が流れていた。もぐもぐもぐもぐもぐ。時に、魚のむしれない五月のために、仕方ねぇ奴だな、――などと言いつつ博希が、今回だけですよ、――などと言いつつ景が、交替で魚をむしってやりながら、三十分もしないうちに、三人の葉っぱの上には、骨しか残らなくなっていた。
「けぷ」
「さあて……どうするかな」
「このまま、ここにいるわけにもいかないでしょう。追っ手が来ないとも限りませんよ」
「だろうな……もう、俺たちが脱獄したこともバレてるだろうし」
「隣村まで行けませんかね、もっとも、ここよりはマシだといいんですが」
「じゃ、何とかしなくちゃなあ……」
博希と景は天井を見つめた。五月は景にもたれて、そのままいい寝息を立てていた。腹がふくれると眠りだすタチらしい。
「困りましたねえ」
「それは五月のことか? それとも状況か?」
「……五月サン三割、状況七割といったところですか……」
「俺わりといい考えがあるんだけど」
「……博希サンの『いい考え』は良かった試しがありません」
「言う前からずいぶんなこと言ってくれるじゃねぇか」
「僕は女装なんて嫌ですからね」
「! ……」
博希は小屋の隅で、体育座りをした。博希の『いじけた』ポーズである。
「何やってるんです」
「俺の頭はどうせ単純にできてる」
「よく解ってるじゃないですか」
「……お前ってチクチク人をつっつくタイプだよなあ……」
「そんなことより」
景は新しい枝を火にくべながら言った。
「女装という手は僕も考えました。が、そんなのが似合うのはどう考えても五月サンだけです。僕、ましてや博希サンなんて、歩きだしたら五秒でバレますよ」
「そこまで言う」
「間違ってますか?」
「間違ってる」
「ほう」
「俺とお前で女装が似合うのはどっちだ!? 俺だろう!?」
「いつかと似たような質問するんじゃありませんよ。解るわけないじゃないですか、女装なんかしたこともないのに」
「だからやってみりゃ解るだろう」
ぱちり、と、火の中で木の枝がはぜる音がした。
「……やるんですか……」
「やってみて損にはならねぇだろ?」
「得にもなりませんよ」
景がそこまで言ったとき、五月がうーんと背伸びをした。景はしばらく火を見つめていたが、ひとつため息をつくと、五月を見た。
「五月サン」
「なあに?」
景は今まで自分が離さなかった財布を出した。スカフィードから預かった、大切な旅費。
「これで、女性服を三着と、それと、お化粧の道具を買ってきてください」
「三着? 何で?」
「……僕と博希サンと五月サンが着るんです」
「あっ、そうか! 女の子になって、村の中を歩くんだね!」
「何でそんなことばっかり頭の回転が早いんでしょうね……」
「なんか言った?」
「いえ。……急いでくださいね、追っ手が来ないうちに」
「うん。解った!」
五月はそのまま、駆け出していった。
「ちゃんと買って来ると思うか?」
「まさかおつかいが初めてって訳じゃないでしょう、五月サンは」
「……解らんぞ……」
「…………そうですね」 


 執政官は牢屋を見回した。
「……あからさまに堂々と逃げられてるのね」
「は……」
「――おや」
足元に、彼女は何かを見つけた。そこはやはり女性ならではの細かさと言うべきか。一本の――糸のような物体。
「髪の毛」
「髪の毛くらい、落ちていても――」
「彼らの中に、髪の長いのはいた?」
「いました、一人」
「……色は」
「え? ええ……栗色……というか茶色というか」
「この髪は黒い。では? 奴らが自分の手で逃げたのではない――何者かが手引きをしたんだわ」
「な!? 何者かが!?」
「私はファンフィーヌ様にこの事をご報告に上がる。お前たちは、奴らの行方を追いなさい!」
「はっ!」


 五月はめぼしい店の戸を開けた。からーん。
「くーださーいなー」
「はい、いらっしゃい。なに差し上げましょ、おじょうちゃん」
「んとね、お洋服。三着欲しいな。それからねー、お化粧道具」
「はいはい、こちらにどうぞ」
「あっ、キャンドルだあ」
あのときグリーンライで買いそこねた思い出がよみがえる。今ならお財布はぼくが持ってるし。おだちん代わりに買ってもいいよね?
 五月はこそっと、財布を開けてみた。店のおばさんのエプロンをくいくいと引っ張る。
「なあに?」
「あのね、これでさっきぼ……わたしが言ったの買えるかなあ」
おばさんはひょいっと財布をのぞき込んだ。
「うん、大丈夫。おつりがくるよ」
「わあい。じゃこれも欲しいの」
「うんうん、いいよ」
「これも」
当初の目的はどこへいったんだ五月。


「逃げた」
「はい……」
ファンフィーヌは冷たい瞳を執政官に向けた。
「それは、彼らが自分で? それとも、誰かが故意に?」
「……後者、かと」
「根拠は?」
「床に――髪の毛が一本、落ちておりました。見張りのものとも、取調官のものとも違いますので」
「ふうん。……じゃあ、誰が……伝説の勇士はいまだ三人のはず……ならば……もう、一人が……?」
「奴ら……伝説の勇士で!?」
「ええ。だからなおさら、捕まえなくてはね。厳戒体制をひきなさい! 逃がしては駄目よ、その代わり、レドルアビデ様に献上するまでなら、どんなことをやっても構わないわ、もちろん、殺してもね」
「ははっ」
執政官が去ったのち、ファンフィーヌは――わずかにぽろりと――涙をこぼした。
「男なんて――いなくても――いい……と……思ってたけど――あなたのことは――忘れられない――、ごめんなさい……」

 変ね。
 あなたのせいで、男には愛想を尽かした、はずなのに。


「ただいまあ」
 靴がさくさくと草を踏む音、それに続いて五月の元気な声が聞こえてきた。
「おかえりなさい。……何ですその大荷物は!?」
「言われたもの買ってきたんだよう」
「……僕の言ったもの『だけ』買ってきたでしょうね!?」
「…………」
「答えてください」
五月は黙ったままで、景の前で袋の中身をバサバサッと開けた。次から次へといろんな物が転がり出る。
「服、それから口紅とファンデーション、……五月サン、答えていただきましょうか……何でキャンドルが十本も入っているんです!?」
「だってだって」
「こっちにはカツラもあるぞ」
「こんなものいりませんよ!」
「ヒロくんがいるかなって」
景は髪をかき上げた。困ったことになりましたねえ……
「おお」
博希の歓声が聞こえた。五月の買ってきたカツラをかぶってはしゃいでいる。
「博希サンっ!」
「いいじゃないかケチ。それに、これだけのモノ、使わないと荷物になるぞ」
「……うーん……」
景は少し考えた。後ろでは五月がしょげている。
「五月サン」
「ハイ」
「もう、怒ってませんから、いいですよそんなにちぢこまらなくても。……好きなキャンドルを一つだけ取りなさい」
「うん」
「あとは全部燃やしますよ」
「えっ。……解った」
五月は一番気に入っていたキャンドルを一つだけ選んで、大事そうにバッグにしまった。
 景は残りのキャンドルに火を点けて言った。
「始めますよ」
「黒魔術か」
「なに言ってるんですか! 着替えるんですよ」
「あのね、これがヒロくん、これがカーくん」
「五月サンの見立てですか?」
「多分サイズもぴったりだと思う」
「マメだなあ。……えらいヒラヒラついてないか……」
「この世界の一般的な服でよかったんですが……僕のは帯が……その……」
「似合うと思って買ったんだけど」
「とりあえず……着てみなきゃはじまりませんね」
「化粧は服を着てからか」
「そうだよ」
「何で知ってる五月」
「ママがいつもやってる」
「そうか……」
しばらく、悪戦苦闘しながら、三人は五月の買ってきた服を着た。
「腰のところが……一体どうなってんだこれ?」
「あのね、こっちにこうやって」
「さっ……五月サン、何で慣れてるんですか!?」
「ヴォルシガのお城でドレス着たから」
なんだかなあ、博希も景もそう思いながら、何とか服を着てしまうと、今度はもっと慣れない化粧を始めた。
「はい鏡」
「どこから出したんですか?」
「買ってきたの。三人分ね」
「ああ……これだけは盲点でしたねえ。ありがとうございます」
三人はそれぞれ、バラバラに座って、細々と化粧を始めた。キャンドルが九本点る、薄暗い小屋の中で。ある意味不気味である。――それも、誰も、一言もしゃべらない――。
 やっと、博希が沈黙に耐えかねてつぶやいた一言は、
「……女に見えるように、化粧すりゃ、いいんだよな」
だった。
「男の僕らが男に見えるような化粧があれば知りたいですね」
景の皮肉も、今、彼には聞こえていない。数秒後、
「よしっ!!」
と、ガッツポーズとともに、博希のおたけびが聞こえた。
「できたんですか」
「できたぜ。ホレボレするね」
「……それが事実ならいいんですけどね」
景は博希の首をくきっと曲げて、彼の顔を見た。瞬間、景は、
「ウッ!!」
と絶句して、固まった。『鈴木さん』よりも凄いモノを見たような気がした。
「できたの、ヒロくん?」
「はうあっ! 駄目です五月サン、見ては駄目ですううっ!」
「えー?」
五月は景の制止を聞かず、博希の顔をのぞき込んだ。瞬間。
「………………」

   ふ――――っ。

五月は後ろに、く――――っと倒れた。
「あわわわわわわわ」
景が慌てて支える。
「どうしたんだ?」
「五月サン。五月サンっ、しっかりしてください」
景は五月の頬をぺちぺちと叩いた。
「うーん」
「五月サン」
「あ、カーくん。ぼく、なにか……すごいモノ見たような気がする……」
景は博希に『後ろを向いてくださいっ』と目で合図すると、言った。
「……悪い夢を、見ていたんですよ……」
遠い目。


 三人が固まるとバレるかもしれませんから――という景の提案で、三人は、それぞれバラバラに出ることにした。……博希の化粧が、どうやっても直せなかったせいも、ある。
 まずは、五月が、出た。
「行ってきまあす」
決して僕らの方は見ないでくださいね! ――と、景が五月に厳しくクギをさしたため、五月は、小屋を振り返ることなく、村へ向かった。
「博希サンは最後に出てください」
「何で」
「……先に出られたらバレるのが早くなります多分」
「ああん? 何で」
だが景は理由を言わなかった。事実を知らないというのはある意味幸せなものですね――景は博希に聞こえないようにそうつぶやいて、小屋を出た。
 これを空から見ていたのがデストダである。
「奴らだ! ご丁寧にも女装などしおって、バレバレなのが解らんか……脱獄したらしいが、再逮捕させてやる! 覚悟しろよ……」
デストダは景の後をそっとつけていった。
 その後、それを知らない博希が小屋を出た。カツラつきで。
 五月に続いて、景までが、村の中に溶け込むのに成功した。村の中には博希たちを捜す女戦士たちがうようよといた。が、景にも、当然五月にも、気がついていない。

 ――なんだ、僕も結構、いけるんですね――
 ……え? 何が!? 
 イヤ僕にそんな趣味はありませんよ! 
 これは仕方ないこととしてやっていることであって! 

そんな独り言を誰が聞いているわけでもないが、景はぶつぶつとつぶやきながら歩いていた。その時である。
「ここに脱獄者がいるぞおおおお!! そっちにも一人!」
「!!」
女戦士たちが一斉に景と五月を取り囲む。景は慌てて振り返った。一体、誰が!? ――その時背中にぶつかった、布をまとった男が、ニヤリと笑った。
「! あなたは……」
それがデストダである、ということが景には知れたが、今この状況で、あの時のようにおちょくれはしなかった。
「久しぶりだな、伝説の勇士。……おっ……そこにもいるぞ!」
多分博希の姿を認めてのことだろう、デストダは本当に嬉しそうに、叫んだ。その間、景は、女戦士に取り押さえられて、動けなくなる。
 かなり無防備に近づいてくる博希。デストダはそれを、まともに、見た。
「ウッ!!??」
「あ」
景はその時、止めるべきだったのか、それともこのままでよかったのかと一瞬考えたが、この場合、止めなくて正解だったかもしれないと思った。
 デストダは絶句したまま、泡をふいて倒れた。博希は女戦士たちによって取り押さえられた。
「な、何するんだよ!? 俺は女だぞ!!」
さっぱり説得力がない。
「……あちゃあ……」
景がどういう意味でそのつぶやきを発したか、それは彼にしか解らない。

-To Be Continued-



  …………………………。
  私も泡ふいて倒れてしまいたい………………。
  このまま、捕まってどうなるんだ!? え!? 死刑!?
  そんな馬鹿なっ、じゃあこの話終わりじゃないか!
  次回、Chapter:34 「おあとがよろしいようで」
  新連載はなんだ? レドルアビデが主人公だったりしたら許さんぞ担倉。

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