窓の中のWILL



―Third World―

Chapter:31 「普通は心をほだすために何か出すモンなんだよっ」

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 パープルウォーを目指して、森の中を歩き続ける博希たち。
「タイクツだね」
ぼそっと、五月がつぶやいた。そのことは博希も景も解っていたのだが、どうしようもなかったのである。なにせ森の中、何をするというものでもないのだ。
「退屈なのは解ってるよ。じゃ何やれっつーんだよ?」
博希が後ろ歩きで聞く。
「うーん」
「さっきまでしりとりしてたじゃないですか。飽きたんですか」
「飽きるわい」
「なぜ」
「お前の出してくる言葉がアウトなのかセーフなのかさっぱり解んねぇんだもん」


 博希の提案で、三十分ほど前に、彼らは『しりとり』を始めた。だが――
『俺からな! リンゴ』
『“ご”、ですか。……ゴルジ体』
『え?』
『え?』
『ゴルジ体』
『“い”……? い、い、イヌ』
『ぬ!? ……沼』
『ま……マグナカルタ』
『??』
『??』
『マグナカルタ。次は“た”ですよ』
『た……タマゴ』
『また“ご”かあ……ゴリラ』
『ラジウム』
『……………………』
……以降、景の単語のみが、本当に存在するのか否か、博希と五月には判別しかね、博希が「やめやめ」と手を振ったのだ。


「じゃあ何やります?」
「だるまさんがころんだ」
五月がうつむき加減に言った。
「三人でだるまさんがころんだやれっつーの?」
「つまんないかなあ」
「いつまでたってもたどり着きませんよ?」
「じゃあなにやろう?」
「古今東西ってのどうだ」
「しりとりやだるまさんがころんだと大差ない気もしますが」
「やろうよう」
「じゃあ、お題は俺からな。古今東西『赤いモノ』――リンゴ」
「リンゴ好きですね」
「ほっとけ」
「んーと、口紅」
「赤色発光ダイオード」
「……あ?!」
「聞こえませんでしたか。赤色発光ダイオード」
「……えーっと、鯛」
「うーん、赤チン」
「薬品紙」
「……赤いのか」
「赤いです。モノによっては」
「んじゃ、スイカ」
「ポスト」
「血液」
「………………」
博希はぶるんぶるんと首を振った。
「やめよう。なんかダークになりそうだ」
「僕もそう思います」
「じゃどうするの」
「黙って歩きましょう」
三人は大して進まなかった距離を補うかのように、やや早足で森の中を突っ切っていった。
「なんだか一日中歩いたみたい」
「バカ言え、イエローサンダを出てから、昼飯しか食ってねぇよ」
「でも、もうそろそろ、暗くなるよ。今晩は野宿になっちゃうのかな」
不安そうに五月が周りを見た。鬱蒼と茂った木々の中から、何か、声がしていた。
「……異世界にもケモノはいると思うか?」
「いなきゃウソのような気もしますが」
「食われる前に森を出なきゃいけねぇな……」
「食われる? ……」
食ってしまう、の間違いでは、と、すんでのところで景はそう言いかけたが、かろうじて、彼の理性がそれを止めた。
 それを知らない博希は五月に、地図出してくれ――と言った。五月はうなずいて、
「チズヨデロー」
と、唱えた。立体地図が、三人の眼前に浮かんだ。
「どうやれば出られるんかなあ?」
「こっちが北らしいですからあっちの方へ歩いて……」
「こっちじゃないの?」
「違いますよ、もっと、こっち寄りに進んで行くと、……」
「違うなあ、南の方に行けばいいんだろ?」
「そんな馬鹿な、西のほうに行くんでしょう?」
「解んなくなってきたよう」
五月が頭を抱えていやいやと振った。
「困りましたね、どうやら僕らは迷ったらしい」
「迷ってもカッコつけてられるのはお前くらいのもんだぞ」
「何のことです。こういう時、本当の男というものは、落ち着きを失ってはいけないのですよ」
博希がやや冷たい目で言った。
「宿の娘さんを幽霊と間違ったのも落ち着いているうちか?」
「……過去の話は忘れました」
景は遠い目をした。それからふと、冷静な口調で、言った。
「冗談抜きで、早いうちにここを出ないと、凍死は免れませんよ。ただでさえ寒いんです、夜はどれだけ冷えるか。……村にさえ入ることができればいいんですが」
「迷ってんじゃどうしようもないだろう」
「それをなんとかしなければ。……博希サン、何か、匂いは感じませんか」
「俺ばっか頼りにされても」
「別にそういうわけではありません。……いつか、僕が、悪漢から逃げ切った時、その理由は言わずじまいでしたよね? それに、執政官の屋敷の塀に飛び乗ったの――あれは、イエローサンダの最初の村でしたか」
「それが?」
景はさくさくと草を踏みながら、言った。
「アイルッシュに帰った時に少し、試してみたんですが、このエンブレムが出ているときに限って、僕らは、超人的な力が使えるのではないかと思ったんです」
「俺が最初にお前たち担いで村に走っていったのもそれだと? ……」
「そうだと思います。だから多分――必要に迫られれば、僕らは、アイルッシュでは出せなかった力が、ここでは出せるのではないかとね」
「じゃ、ぼくたちが、普通の格好でビルの飛び越えができたのはどうして?」
「あの時はまだ、鎧装着を解いた直後で、エンブレムが手の甲に残っていたでしょう?」
「あっ、そうか」
「なるほどなあ」
「博希サンが『米の匂いをかぎ分けた』のも、その力の増幅だと思うんです、もともと、博希サンの食に関する執着には頭が下がるほどですからね」
「照れるぜ」
「褒めてませんよ。――だから――食べ物の匂いさえ解ればあとは、ダッシュするだけでいいと思うんです」
景の説明を、博希と五月はうんうんとうなずきながら聞いていた。そして出た結論は、五月が眠たくなる前に、なんとかして、村に辿り着かなければならない、というものだった。
「ならとにかく俺が、食い物の匂いをかぎあてなきゃ話にならないってコトだよな?」
博希はそう言って、全神経を、鼻に集中させた。本当を言うと、そこまで、神経質にならなくてもよくはあったはずなのだが、景に言われたこともあって、なんとなく、博希は、自分の『寿司屋の跡取りとして』役に立ちそうな能力を誇りに感じていたのだ。ここは何としてでもかぎ当てないと、自分のプライドにもかかわる。博希はしばらく黙った。 


   森の中に、一瞬だけ、冷たい空気が流れた。


「こっちだっ!」
「ホントですか!」
「俺を信じろ」
「……ぼくこの前から信じるのはカーくんだって決めた」
「……じゃここで凍死するんだなっ!?」
「だってヒロくんがウソばっかりつくからいけないんだ。だからぼく」
「泣き言は村に辿り着けなかったときでいいですよ。今はとにかく行ってみましょう」
「……お前も俺を信用してないんだな……」
「何をおっしゃいます。僕は博希サンを信用していますよ?」
「ウソくせぇよ」
「ほらほら、急ぎますよっ!」
三人は森の中を走り抜けていった。今まで歩いていた疲れは微塵も感じられなかった。さくさくさくさくっ――草を蹴る音が三人分、森の中に響いて、そしてやがて、その音は、石畳を蹴る、かつかつという音に変わった。
 ぽつ、ぽつと、オレンジ色の光が見える。
「村ですよ!」
「わあい」
博希が二人の後ろで、ふふーん、と、胸を張る。
「……何やってるんです?」
「誰のおかげでここまで来られたと思ってる!?」
「ヒロくん」
「解ってんじゃねぇか」
「行きましょう。どこかで泊まらせてもらわないと」
三人は、とにかく、村の入り口まで辿り着くことを目的に、急いだ。が、三人が村の入り口に近づくにつれ、今まで立ち寄った村にはなかった、何か、妙な違和感に気がついた。三人は木の影に隠れて、遠くから、その違和感の正体を観察した。
「あれは……」
「大きな門だねえ」
五月が無邪気にそう言う。
「門っつーよりゃ、時代劇によくある関所に見えるぜ俺は」
「……僕もそう思います」
「時代劇見たことあんのか国営放送」
「ケンカ売ってるんですか」
「お前にケンカ売れるのはお前をよく知らないヤツだけだよ」
「……国営放送でも時代劇はあるんですよ」
「そうか。……で、お前も関所に見えるんだな」
「見えますよ。ただの門に、どうしてあんなに厳重な警戒が必要なんです」
「立ち入るのに何かいるんかな……」
「まさか、都市ではなくて村なのに?」
三人は遠目でその『関所』の様子をうかがいつつ、それでも、そこを通してもらわないことには村に入れないし、野宿するわけにもいかないので、三人は連れ立って、『関所』のようなそこへ、近づいていった。
 そこに立っていた門番のような人物は、女性だった。それも、どこかの女子プロレスジムから派遣されてきたような、屈強そうなのが二人。
「こんちはー」
博希が気軽に挨拶する。
「ちょっと止まれ!」
やはり、というか何というか、まあ当然のコトなのだろうが、黙って通してはもらえないらしい。景は二人を少し観察しつつ、言った。
「僕たちは旅をしているのですが、今晩の宿を求めてこの村に辿り着いた次第です。どうかこの門を開けてはいただけませんか」
「……旅人、だと?」
ずいぶん態度のデカい方ですね、景は心の中でそう毒づいた。こっちが下手に出てるんですよ、もう少し物腰が優しくても良さそうなものでしょうに。――だが、目の前の二人はそんなつぶやきなど当然聞いちゃいない。博希たち三人をじろじろと見ると、
「名前と性別を一人一人述べろ!」
と、言い放った。景は二人にそっと、言った。
「自分の下の名前だけ言いましょうね。名字まで言うと怪しまれるかもしれません」
博希と五月は、うん、とうなずいて、それから、言った。
「博希、男」
「五月、男」
「景、男です」
それを聞くや否や、二人の門番は、うなずき合って、なぜか――しかもどこから出したのか――ホラ貝を吹いた。
 プオ――――!
「なんだっ!?」
「なっ、何が始まるんですか!?」
「うわあ、すごく上手」
何かずれたコトをのたまって、五月が拍手した時、門がギギイッと開いて、門番そっくりなのが二十人、ドドドドッとなだれてきた。
「わあ」
三人はたちまち囲まれた。
「こやつらが」
「村に侵入しようとした不埒な者どもにございます」
「男か?」
「約一名、とてもそうは見えませんが、自分で男とのたまいました」
五月サンのことですね、景は思った。
「では連行しよう。ご苦労だった」
「は」
三人は、あっという間に手錠をかけられ、腰に縄をつけられた。
「ど、どういうコトだよ!? 何すんだ!?」
「僕らはこんなことをされるいわれはありませんよ!?」
「電車ごっこなら明日にしようよう。ぼくもう眠い」
「違いますよ五月サン! 僕らは逮捕されたんですよ!?」
「逮捕? 何で?」
「解りません。ただ、何かまた厄介なことに巻き込まれたのには、違いないようですが」
景のその言葉を聞いて、連行していた女性の一人が、唇の端を歪めた。
「なぜ逮捕されたか解らない、だって? ……これは愉快だ!」
他の女性たちもゲタゲタと笑い出す。
「……何がおかしいんです?」
「どうしても逮捕された理由が解らないというのなら教えてやろう。……お前たちが、男だからだよ」
「なんだとう!?」
博希が叫んだ。
「そんな理不尽なことありますか!? 男だから逮捕しただなんて!? じゃあ女だったらそのまま門を通していたということですか!?」
「そうだ」
案外にあっさり言い放つ。
「貴様らしばらく牢屋入りだ。後は追って沙汰するから、黙って歩け」
それぎり、女性たちは一言もしゃべらなかった。景と博希も、あまりに突然のことで言葉を見つけられず、黙りこくった。
 そしてやっと、さっきから五月が会話に参加していないことに気がついた。『電車ごっこ』発言の後、『逮捕? 何で?』と言ったきり、一言も言葉を発していない。あれだけ黙るのが嫌いなヤツが。博希は後ろを振り返って、五月を見た。五月はこっくりこっくりと頭をたれながら、歩いていた。
「……寝てるのかあ……!」
歩きながら寝る。全く器用なヤツだよ、と、博希は思いながら、体を正面に戻した。景はそんな二人を後ろから見ながら、思っていた。

 結果的に、寝るところには不自由しなくなったわけですよね。
 牢屋……というのが少々不本意ですけど……


 三人はやがて、無機質な白い建物に連れて行かれた。
「ここが今日からお前たちの住家だ」
監守をにらみつける一人と、目をそらしつつも瞳に剣呑な光を浮かべっ放しの一人と、いい気分で眠っている一人は、割合広めの部屋に入れられた。
 ガッシャアアン! と、檻の閉まる音がする。
「本格的に犯罪人の気分ですね」
「男だから犯罪人だなんて話、聞いたコトねぇぞ」
「僕だって聞いたことありませんよ」
「じゃなんで俺たちが逮捕されなきゃなんねぇんだ」
二人は話しつつも、エンブレムをあらわにしようという結論にはいきつかなかった。五月が寝ていたというせいもあったし、まだ、この都市はおろか、村のことすらよく解っていない。そんな中で鎧装着したって、何ができるというわけでもないからである。
 ただ……多分いつかは、バレるでしょうね、それが、景の持論だった。
「出ろ!」
「どっちが」
「……お前だ」
博希が指名されて、牢屋を出された。何で? という不可解な顔をする博希に、景が言った。
「取り調べでしょう」
「カツ丼出るんかな」
「この世界にそんなモンありますかね」
「…………ねぇだろうなあ」
博希はちょっとだけがっかりしながら、引き連れられて行った。
「さて」
景は冷たい床にごろんとなった。部屋の隅っこに申し訳程度に置かれた毛布を五月にかけてやる。その上からコートをかぶせてやると、景は自分のコートを毛布代わりに使って、天井を見た。

 何かがおかしい。……
 この村も、じゃあ、女性しかいないんでしょうか……?
 それにしても、納得がいきませんね。
 ずいぶん攻撃的な村だ。……

 攻撃的?

 どうして?
 コスポルーダ人は……戦いを知らないはずではなかったんですか!?

景はがばっ、と跳ね起きた。

 ……まさか、『障害』……、もしくはレドルアビデの、影響……?
 戦いを知らない人間が、戦いを知ってゆく。
 それも、間違った方向で!?
 ――――それだけは!


 博希は椅子に座らされていた。
「何か食いモン出せよ」
「態度デカいぞ男のクセに」
「普通は心をほだすために何か出すモンなんだよっ。そんなんじゃ俺ナニも話さないぞ」
「……何がいいんだ」
「ゼイタクは言わねぇよ。カツ丼がいいな。俺腹へってんだ」
「カツドン? なんだそれは? ……やっぱりだめだ、質問が先っ」
「食いモンが先だよっ。食わせろ食わせろ食わせろ」
「質問! 質問質問質問質問質問」
「食いモン! 食いモン食いモン食いモン食いモン食いモン」
話が先に進まない。


 夜が更けてゆく。
 パープルウォー第一日目は、おのおの、何か不本意な形で過ぎていったのだった。

-To Be Continued-



  だからないと言ったろう、カツドン。
  ……うーん、なんだか厄介な村に来てしまったな。
  脱出は難しいんじゃないか。
  ……と、私が言っても仕方ないんだなあ……私も男だ、よく考えたら。
  次回、Chapter:32 「思わぬ足止めといったところですか」
  いったんアイルッシュに帰るというのも手だぞ。フォルシー呼ぶとか。

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