窓の中のWILL



―Second World―

Chapter:17 「僕は、五月サンを、信じていますよ」

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 それまで急いで走っていた博希と景は、急に、足を止めた。
「どういうことだよ!?」
「エンブレムが、出ないって、五月サン――それは――」
「見せてみろっ」
博希が半ば乱暴に、五月の両手をとる。手の甲と、手のひらと、代わりばんこにひっくり返して見てみるが、エンブレムは、生まれていなかった。
「だって、俺たちには――こんなにはっきり――出てきたんだぜ!? 五月だけ出ないなんてコトあるかよっ?」
景がふいに、考えるしぐさをした。
「…………」
五月は下を向いている。自分だけエンブレムの出てこないことが不安なのか、それとも――
「五月サン」
「えっ」
景は五月の肩をぽん、と叩いた。
「お家に、お帰りなさい」
「カーくん……」
「景!? 何言ってんだ!?」
「博希サンは黙っててください。――エンブレムが出ない以上、五月サンは、【伝説の勇士】ではなく、一人の、高校生です。今、スイフルセントと戦うことはできません、よね?」
「うん」
五月は少しの躊躇があったものの、はっきりと、そう返事した。
「……解りました。お家に帰って、待っててください。僕たちがきっと、なんとかします」
「…………」
何かを言いかけて、五月はやめた。その前に景が、
「ただし、」
と、発言したせいもあった。
「エンブレムがもし、出てくるようなことがあったら、僕らのところに来てください。待ってますから」
いつもの微笑を浮かべて、景は博希の背中を叩いた。
「行きますよっ!」
「解ってるっ!」
 二人は再び、走り出した。それはこれまでのスピードの比ではなかった。その勢いに乗って、二人は、一気に地面を蹴った。
「レジェンドプロテクター・チェンジ!」
「勇猛邁進・鎧冑変化!!」
鎧装着と共に、二人は、屋根から屋根へ跳び移っていった。
 五月はそんな二人の背中を見つめたままだった。ふわっと、涙が出た。そして、家へ向かって、走り出した――。
 情けなさと、悲しさと、とにかく色々のことが、心の中で混じりあって、五月は走りながら泣いた。


「……よぉ、景」
「なんです」
「五月のこと」
「……ああ……」
「どう思う」
「……グリーンライを、もっと言うならヴォルシガの居城を出た時から、五月サンの様子はおかしかったんですよ」
「え……?」
「なぜだと思います」
「……襲われかけたのがそんなにショックだったかな」
「少しは他人の心を読むような努力をなさい。そんなことだからいつまで経ってもモテないんですよ」
「……勝ち誇るんじゃねぇぞ」
「おや、誰が勝ち誇ってるなどと言いました。解ってるんじゃないですか、僕には勝てないって」
「うるせぇよ。今、取り沙汰してんのは五月のことだろ」
「……ええ。……多分――戦えないんです――」
「戦えない?」
「自分の一撃でヴォルシガが砂になってしまったことに、軽いトラウマを持っている、のではないかとね――武器すら出せないほど、に」
「だってそれは!」
「そうです。そりゃ僕らに言わせれば、村はああしなければ助けられなかった。でも、人一倍感受性の強い五月サンのことです。ヴォルシガを砂にした、ストレートに言うなら殺した――という概念が頭を離れないのでしょう。たとい五月サンにそのつもりがなくても――ね?」
「…………」
「僕らが今何を言っても、五月サンのエンブレムは浮き上がってはきません。五月サンが戦おうと思わなければ、無駄です」
「じゃ永久にエンブレムが浮き上がってこないってことも?」
「有り得ます。ですが、」
「何だよ」
「僕は、五月サンを、信じていますよ」


 五月は家に帰るなり、部屋に駆け込んだ。
「メイっ。どうしたの。早引けしたの?」
「…………」
五月は黙ったままだった。部屋のドアに鍵をかけて、ベッドにごろんと寝転ぶと、うにうにと転がって、それから――黙って、涙をはらはらと流した。

 ごめんね、ヒロくん。
 ごめんね、カーくん。
 ぼく――どうしていいか、解らない――
 どうしていいか――

 あの時。
 ぼくは、一瞬だけ、許せない、って、思った。
 カーくんが、傷つけられて。
 気がついたら、体が動いてた。
 そしてぼくの武器が――フェンシングソードが、

  ヴォルシガの、首輪を。

 ぼくは首輪にライフクリスタルがあるなんて思わなかった。
 カーくんに聞くまで、ホントに。

 そして、ぼくの攻撃で、割れちゃうなんて。
 思わなかった。
 ヴォルシガは、ぼくを――恨んでるんだろうな――

 あの目――忘れられない。
 怖かった。
 ううん、今も、怖い。

 目の前で。一滴も血が流れないで。
 ヴォルシガは、砂に、なっちゃった――

五月は引き出しの中から、ブルーの小ビンを出した。青い光を放ちながら、
小ビンは、中の白をひき立たせていた。

 夢中で。
 ひと握りの砂を――ヴォルシガの砂を、
 ぼくは握りしめてた。

 なんでだろう。

 ぼくの、
 瞳の中に、
 真っ白な砂が、映ったとき、
 手にとってた。
 思わず。

 何のためらいも、なかった。

 なんで、だろう。


 スイフルセントの扇は、黄味を深め、輝きを一層増していた。
「ホホホホホホ。面白いわねえ」
彼女が何をやっているかというと。扇で、電力という電力を吸い取って、それを、生き物に放出しているのである。学校で生徒たちがくらった攻撃がこれで、いわば、生徒たちは、一種の、感電状態に陥っているのであった。
 そして、街の人々も――
『そっ、そこの……宙に浮いている者! 止まれ! というか降りろ!』
多分拡声器であろう。パトカーから声がする。しかも、混乱している様子が手にとるように解る。それはそうだ、宙に浮いて電気を放射なさるご婦人など、ギネスにだって載っちゃいまい。
 スイフルセントは面倒臭そうにパトカーのほうを見ると、扇を振るった。
『うあああっ』
「ホーホホホホホホ……アイルッシュ人というのは本当に好戦的にできているのねえ。かなわないと解っていても、手向かうのだから!」
扇はなおも、電気を吸い続ける。その時だった。乾坤一擲! ――と声がして、スイフルセントの真横を、一本の矢がかすめた。
「待ちやがれっ!」
「あらあ」
「スイフルセントですね!? それ以上の暴挙は許しませんよ!!」
博希と景が到着した。
「初めまして。お目にかかれて嬉しいわ、【伝説の勇士】。まあ、デストダの報告通り、美少年揃いねえ」
デストダ――の名はともかく、美少年という単語を、博希が聞き逃すはずがなかった。
「それは俺にも言ってんのか!?」
「当たり前じゃないの。とても素敵」
それを聞いた途端、本当に嬉しそうに、ふふ−ん、と、博希は景に胸を張った。 
「いばってる場合ですかっ。このままじゃあ街どころか、本当にアイルッシュがむちゃくちゃになりますよっ」
「はっ、そ、そうかっ!」
博希はしかし、褒めてもらって悪い気はしなかった。
「美少年がお前をここで倒してやるぜっ」
まだ言うか。景はふう、とため息をつくと、矢をつがえた。
「あなたはやり過ぎました。僕たちの友人を大勢傷つけた罪は重い! ――乾坤一擲!」
矢を、びよん、と、放つ。しかし――
「残念だわ。あなた方なら、私の城にお招きしてもよかったのに」
なぜかとても残念そうに、スイフルセントは言い、景に向かって、扇を振るった。
「うぐあっ……」
一瞬。景の体に、黄色い稲妻が取りついた、と、博希は思った。
「景っ!」
「博希サンっ。ダメです、油断してはいけませんっ」
「な……」
振り返る。だがスイフルセントはすでに、二発目を博希に向かって放っていたところだった!
「があっ」
博希は体の周りにバチバチとしたものを感じ、倒れた。
「……っぐ」
鎧装着していたからこれくらいで済んだのである。もし一般人だったら、多分――死んでいた。スイフルセントは『普通の』アイルッシュ人には、最大限、加減をした電撃を放ったのだ。
「これと同じものをアイルッシュ人に放つのは、またの機会にするわ。だって――レドルアビデ様のご命令ですもの」
「……何だと……?」
「何ですって……?」
二人は、――多分、箇所は違うだろうが――スイフルセントの言葉に反応した。ゆっくり、ゆっくり、起き上がって――


 街中の電気が奪われ、一般家庭でも、頼りになるのはラジオのみになった。五月の父親は、仕事にならなくなった会社から早引けし、家へ向かっていた。
『――現在、電気強奪犯と、突如現れた少年たちとの会話にならない会話が続いており、一般家庭にいらっしゃる皆様は、どうか、家から外へは出ないように――強奪犯の電撃を受ける恐れがあります――』
「……この街も物騒になったねえ」
それにしても。少年たちが二人だけで、話し合いに向かったとは。警察もやられたというのにねえ。――彼は、話し合いに向かった少年たちの正体を知ってか知らずか、車の中で、そんなことをつぶやくのだった。


 五月は、引き出しに入れておいた携帯ラジオで、ちょうど、父親と同じ放送を聞いていた。
 『少年たち』が誰であるのか、五月には、解っていた。放送は時折、少年たちが電撃をくらっただの、少年たちの身元が解る方は申し出てくれだの、そんなことを言っていた。

 ヒロくん。
 カーくん。
 ぼくは、どうしたらいいの。
 解らないよ。

ふいと、手の中の、小ビンを見る。

 ヴォルシガ。

五月はまた、顔を伏せた。ラジオから聞こえてきたのは、中継車が電撃をくらって、動けなくなったというニュースとか、すでに感電者が一万人を越えたとかいうニュースだった。


 博希が反応したのは、『レドルアビデ様』、だった。
 沙織の行方を知っているかもしれない者。
 沙織をすでに、手にかけたかもしれない者。
 あの時ヴォルシガが何を言いかけたのかは知らない。だが、ヴォルシガの直属上司なら――何をしてもおかしくない――博希はレドルアビデを見つけ出したら、即座に殴りかかってやるつもりでいた。
「てめぇ……そういやあレドルアビデのヤローの直属部下、だったな……知ってんのかっ、奴がどこにいるかっ!!」
「さあね? 知らないわ。私なんか手の届かない所にいらっしゃるのよ、あの方は」
「…………!」
ぎりっ。博希は唇を噛んだ。
 一方景が反応したのは、『またの機会にするわ』、であり。
「今回は様子見、というわけですか? そのくせあなたはこれだけの人々を襲ったんですか!?」
「アイルッシュ人はコスポルーダ人と違って好戦的だと聞いたものでね。話に聞く以上だったわ、楽しめましたよ――」
景の心の一端に、その言葉が、ちょい、と、引っかかった。
 好戦的。
 では、コスポルーダ人は?
 確かにアイルッシュ人は――警察や自衛隊もいるし――自分たちの身に何かが起これば、すぐさま、抵抗ぐらいはするだろう。自分の身が危ないというときに呑気にしている人間は、少なくともアイルッシュにはいない。
 では? ――――
「ほうら、スキありね!」
「!!」
景と博希は、今度はいっペんに、電撃をくらった。
「ぐっ」
「……う」
強固な鎧である、まさか壊れるということはないと思うが、スイフルセントの電撃をくらいながら、博希も景も、ひょっとしたら、ということを考え始めていた。しかし、考えている暇は、本当をいうとないのである。
「ホーホホホ。楽しい楽しいお遊びねえ!」
扇がヒラヒラと揺れる。その度に、景と博希は電撃をくらった。そりゃあ彼らだってバカではないから、よけるだけの努力はしているつもりだが、電撃は一定方向には飛んでくれないのである。特に、この婦人の放つ電撃に限って言えば。
「うわああっ!」
「……づうっ!」


「ただいま、レイ」
「お帰りなさい、アッキー、……」
 五月の父親は『少年たち』が『話し合いという名の戦闘』をしているすぐそばを通って、家に帰りついた。
 母親の、ただ事ならぬ様子に、すぐに気がつく。全くよく気の回るひとである。
「どうしたんだい? 落ち着かないね?」
「メイがねっ、メイがっ」
「五月がどうかしたの」
「それが、走るみたいにして帰ってきてから部屋に閉じこもって、出てこないの。一言も口をきいてくれないの〜〜〜〜!」
「解った。解ったから落ち着いて。僕が話をしてみよう」
父親は母親を軽く抱きすくめ、背中のところをぽんぽんと叩くと、落ち着いてね――と数回繰り返して、ネクタイをほどいた。
「まだ夕飯には間があるからね、君は少し眠るといい。ちょうど電気も消えてるんだ、ゆっくり休めるよ」
君は少し、育児に神経質なんだよ、そんなことをつぶやきつつ、父親は私服に着替え始めた。
 キッチンへ行くと、昨夜のコンソメスープが少し余っている。
「ふむ」
電熱調理器への移行をこの夏に決めなくてよかった、と、父親は少しだけ胸をなで下ろした。
 温め直そう。コンソメスープに火を入れると、父親は明かりのすっかり消えた冷蔵庫から、卵を二つ、出した。


 五月は部屋で、泣いていた。

 動けない。
 エンブレムも出ない。
 ねえ、カーくん。
 ぼくはカーくんとの約束を、守れそうにないよ。

小ビンの中の砂は、キラキラと光っていた。五月はその砂を見つめながら、やはり、ベッドから起き上がることはできなかった。
 ぎゅうっ――と、小ビンを胸のところで抱きしめると、また、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。
 その時、ドアの所で、ノック音がした。
「五月」
「……パパ……?」
「コンソメスープを温めてきたんだ。二人で飲もう」


 五月はそっと、部屋の鍵を開けた。

-To Be Continued-



  さて、次回は。
  五月の心に引っかかったトゲが、抜けるか抜けないか。
  やはりそれも、五月自身にかかっているのであって。
  ……解っているだろう、彼なら。私はそう思う。
  次回、Chapter:18 「一生かかって解く、宿題だよ」
  博希と景がやられない程度に、急いでもらいたいものだが……

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