窓の中のWILL



―First World―

Chapter:10 「ぼくたち三人だったら、大丈夫だよ」

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 ヴォルシガに飛びかかった博希は、空中でヴォルシガからの攻撃をまともに受けた。ヴォルシガが博希に放った一撃は、『緑色の物体』を瞬間固形化させ、なおかつ、鋭利にしたものだった。それは強固で、刃物のような効果がある。
「ヒロく――――んっ!」
 一瞬、叫んだ五月の頬に、何か、ぴっ――と、飛んで来た。
 血……?!
「ヒロくんっ!」
「博希サンっ!!」
五月も景も、博希を後ろから見ていたため、博希がどこを負傷したのか、分からなかった。が。ヴォルシガの怒号。
「貴様っ、どこまでも俺をおちょくる気かっ!!」
「??」
それを聞いて、五月は、頬に手をやる。さっき、自分の頬に、はねたモノ。
「これ……水?」
「水ですって?」
「うん……」
その時。一撃を受けて空中でバランスを崩した博希は、どうっ……と、床に落ちた。
「……っづう……」
「博希サン!」
博希は腹を押さえて、うずくまっている。景は、腹の辺りを刺されたのかと思った。しかし、刺された場所にしては、出血の量が少ない。というか、出血していない。
「……博希サン……ちょっと、あお向けになっていただけますか」
景はなんだか妙な予感がして、博希にそう言った。博希はわずかにニヤリ、と笑うと、素直にあお向けになった。そして景が見たものは――
「何でレタスが真っ二つになってるんです!?」
「刺されるなあ、って瞬間に出したんだよ。俺の腹でなくてよかっただろ?」
「そういうことを聞いてるんじゃありません! どうしてレタスなんか持ってるんですか!?」
「宿屋の食堂から、一玉、ちょろまかしてきた」
「………………」
それを今まで一体どこに持っていたのか、という難問は、飲み込んでおいた。博希に常識というやつを適用させてはいけない。景は自分にそう言い聞かせておいてずいぶんになるのを、さっきの一瞬だけ、忘れていた。
「だから、割れた瞬間の水がぼくの頬にはねたんだね。よかったねえ」
「そういう問題でしょうか」
「違うの? あ、レタスは後で食べようねっ」
「だめですよ、切り口に衛生的に危ないモノがついているかもしれませんからね。宿屋の方には謝っておきましょうね」
「ちぇーっ」
「貴様らあ――――っ!!」
「!」
忘れていた、わけではないが、ヴォルシガが絶叫する。
「……どうする?」
「それは対応について聞いているんですか、攻撃について聞いているんですか」
「両方だと思うなぁ、ぼく」
「……どちらかというと対応」
景は少しだけ首をかしげてから、言った。
「処置なしという答えではいけませんか?」
「相手がアドだったら今頃教科書でぶたれてるぞ」
アドとは彼らの担任教師、安土宮零一のことである。余程、ここにくる前に教科書でぶたれたことを根に持っているらしい。もっとも、彼にとってはいつものことだったのだが。
「僕はぶたれるようなことをした覚えはありませんね。この場合、処置なしという答えしか浮かんできませんよ」
「……俺もそう思う」
「ぼくも。でも、この人、なんだか、キライ」 
「そりゃあ……」
襲われかけたんだからな、という言葉は表に出さない。
「絶対に、許さんっ」
ザッ! ――、剣ではなく、さっき、博希――いや、レタスを真っ二つにした緑色の固体が迫る。博希と五月と景は、一瞬で、眼を交わす。
「攻撃されたら、」
「受け止めてやり返すしかないよねっ」
「正当防衛とはそういうものですっ」
三人は見事に割りゼリフをしゃべって、その固体を避けた。
「博希サンっ。後ろですっ」
「おっとお!」
博希がすんでのところで、固体の刃を避ける。危なかった。今度こそ、切れていたのはレタスではなく、自分だったかもしれない。
「景っ! 危ねぇっ」
「!」
勢い余ったヴォルシガの刃が、景の腕をかする。先ほど、微妙にやられたところをもう一度やられたので、痛みは二倍に膨れ上がった。
「ぐ……う」
傷としては大したものではなかったが、出血が甚だしい。景は弓を取り落として、崩れた。
「カーくん! ……よくもカーくんをぉぉ!」
五月が自分の武器――フェンシングソードを構えて、博希を狙うヴォルシガに向かった。やはりヴォルシガは、ああは言ったものの、五月を狙う事はできなかったらしい。そして、彼は、五月の【伝説の勇士】としての力を、少し、見くびっていた感もある。だから――自分に迫って来る五月に、ヴォルシガは笑えるほど、無防備だった。
「な……!?」
ヴォルシガはとっさに、目標を博希から五月に切り替えようとして、五月の正面に体を動かした。それが、ヴォルシガにとって、完全なる致命傷になった。
「――刺すよっ!」
 前回よりも空恐ろしい『声』で、五月のフェンシングソードは、ヴォルシガの首のほうに向かった。
 避けられない。ヴォルシガは一瞬、そう、思った。
 そして、五月のフェンシングソードは、本当に偶然に、ヴォルシガの首ではなく、ヴォルシガの首についていた、首輪のようなものに、ヒットした。

 パ――…………ン!

そんな音を立てて、首輪が真っ二つになり、首輪にはめ込んであった水晶球が、粉々に砕けた。景はそれを見て、うっ、と、息を飲んだ。
「まさかこれは!?」
「き……さま……」
ヴォルシガは自分の首を押さえて、五月をにらんだ。
「――――!」
五月は瞬間、身を固くした。憎悪に満ちたその瞳に、五月は飲み込まれそうな圧力を感じずにはいられなかった。
 そして――
「!?」
五月だけではない。景も博希も、自分の目を疑った。
 ざら、り。
ヴォルシガの指が、崩れた。細かい砂になって――――
「っ……」
絶句する三人。五月は無言で、フェンシングソードを握りしめている。わずかに、かたかたと震えているのが、景には解った。
「これで……勝ったと思うな、よ。しょせんお前たちは……レドルアビデに消されるっ……運命……」
景はすうっ、と息を吸って、言った。
「――言いたいことは、それだけ、ですか」
「……最後の最後にあんなアホな勘違いをしたのが――悔しい」
手首が崩れた。
「……確かにそれだけは心残りでしょうね」
博希が思い出したように、沙織の写真を出す。
「崩れる前にこれだけは聞いとくっ。この娘、お前は知らないかっ!?」
ヴォルシガはその写真を見て、言った。
「……ホントに娘だろうな」
「正真正銘の娘だっ」
「知らんな」
「ホントだろうなっ」
「知らん。……俺が今までに陥とした娘の中には、少なくとも、おらん」
「……そうか」
足が崩れる。
 ざらり、ざらり――――
「ああ、そうだ、レドルアビデ、なら、…………」
「何!?」
「フン……たわごとだ」
「言えっ。レドルアビデがどうしたっ!?」
胴体が、崩れる…………
「それだけは……あの世に持って行く。最後ぐらい……優越感を持って逝きたいからなっ。ハハハハハッ」
高笑いを残して、ヴォルシガの体は、すべてが砂になった。
「…………」
直後。ガタガタガタガタッ! と、城が揺れた。
「なんだっ!? 地震かっ!?」
「逃げましょうっ!」
「落ち着けっ! まず机の下にっ」
「そんなことしてる場合ですかっ! 間違いなく下敷きになりますよっ!!」
「ワア――――」
三人は、急いで、城から脱出した。
「な、何でいきなり崩れやがったんだ、この城……」
「きっと、ヴォルシガが砂になって、彼の魔力がとぎれたから、でしょうね」
五月が景をちょんちょんとつついた。
「ねえ。ぼく、ヴォルシガの首輪しか攻撃しなかったのに、何であの人、砂になっちゃったんだろう」
「……多分、なんですが。五月サンが偶然に砕いたのは、ヴォルシガの【ライフクリスタル】だったのではと」
博希はそれを聞いて、信じられないというふうに景を見た。
「なんてとこにライフクリスタルを持ってやがんだっ!? 攻撃されたら終わりじゃ――」
景は博希を見た。そして、ふいと、空に目をやる。
「……レドルアビデの考えたことではないでしょうか。分が悪くなれば、自分で砕いて、死を迎えられるようにという――」
「…………!」
「恐ろしい考えの持ち主です。そして、とてつもなく冷たい――」
「そういうヤツが、ここを支配してんのかぁ……」
「僕らはとんでもない相手を敵に回していますよ? いまさらですが」
五月は自分の手を、そっと見た。汗ばんでいた。五月は何か考え深げにきゅっ……と手を握ると、言った。
「……大丈夫だよっ! ぼくたち三人だったら、大丈夫だよ」
もちろん根拠なんてない。ただ、何とか元のペースに二人を戻したいという、五月の思いが生じて無意識のうちに起こる、彼特有のセリフなのである。
「そう、ですね」
「そうだなっ」
それが博希たちにも解っているから、五月の言にしたがって、すぐ、いつものペースに自分たちをもっていく。それが一番自分たちらしいということを知っている。
「じゃ、宿に戻りましょうか? 荷物がそのままですよ」
「その前に景、お前の傷の治療もしないとな」
「こんなのなめてりゃ治りますよ」
「そんなセリフ、俺お前から初めて聞くぞ」
「宿屋の人にも謝らなきゃね。レタス」
「…………」
三人は『天晴執政官』のいるであろう村に、戻っていった。


「解ってらっしゃったのですね、レドルアビデ様」
「……何のことだ、デストダ?」
「ヴォルシガのことです。伝説の勇士たちが彼を倒せないようであれば、自分の相手ではないと思ってらっしゃった、違いますか」
「――――」
レドルアビデは、ばっ! と、デストダに人差し指を向けた。
「うっ!」
デストダの喉が、チリチリと痛みを覚える。熱い……!
「……お前に『読心』の魔法を与えたのはこの俺だが……俺に使え、とは言っていない、はずだ」
「……は……い……」
「忘れるな。俺の『魔法』で、お前を今この場で砂に変えることもできるということを!」
指を下ろす。デストダは不意に、解放感を感じる。
「げほっ……げほ」
「…………」
真っ赤な瞳が光る。
「申し訳……ありませんでした」
「他に報告は」
「……伝説の勇士が……娘の行方を追っております」
「……あの、娘か?」
「はっ……」
「そうか」
答えは、それだけだった。デストダはレドルアビデの横顔を見つめながら、思っていた。――恐ろしい方だ。だが、だからこそ、お仕えできる。
 レドルアビデは、この世界のすべてを映し出すという鏡、『万里の水鏡』を見下ろしながら、デストダに言った。
「イエローサンダ総統スイフルセントを呼べ。少し、伝説の勇士たちと遊んでやろう」
「はっ……」
遊ぶとはいかな意味か、とは、聞かずにおいた。それは『読心』したからではなく、自分はこの方に仕えていればそれでいい、という心理に基づいてのことだった。だが、各総統に仕えるのはやめにしておきたい、と、正直彼はそう思っていた。ヴォルシガのときにすでに懲りていたせいもあった。
 だがなにせ、各都市の総統に仕えよ、とは、レドルアビデの命令。
「それから」
「は?」
「グリーンライに飛んで、ヴォルシガの砂を集めておけ。集めたら、俺のもとに持ってこい」
レドルアビデの真意が見えない。が、デストダは、素直に頭を垂れた。
「御意」
デストダはまずグリーンライに向けて、飛び立った。早めに行っておかなければならない。村人たちによって城が撤去されたら、砂が集められなくなる。イエローサンダに行くのは、それからでもいい。
「……伝説の勇士め。さすがにあの神官が導いただけのことはあるか……だが、それまでよ。貴様らにマスカレッタは救えん、いや、救わせん!」
レドルアビデの高笑いが、ホワイトキャッスルに響いた。【エヴィーアの花】が、それに反応してか否か、マスカレッタの居室で、わずかに、震えた。それはまるで、人知れず、涙を流しているかのような――震えだった。


 その頃。
 神官スカフィードが『ジアルーパ』と呼んだ国――日本。
 博希たちが観葉植物に襲われた直後の温室に、一つの影があった。すでに辺りは暗くなっており、影が誰であるのか、判別はつかなかった。
 影は、温室をぐるり――見渡して、つぶやいた。
「…………フ…………」
温室から出る。雨は上がっていた。雲に隠れていた月が顔を出し、月明りが、影を照らした。その影は――
 数学教師、安土宮零一、――――だった。


 景の傷は回復に向かっていた。二発の攻撃をくらっただけあって、実は存外、傷は深かったのである。
「予想外の滞在になってしまいましたね、すみません」
「まあ、とりあえず、グリーンライが平和になったことまで確認できたわけだし、いいんじゃないのか」
「そう――ですね」
複雑な表情で、景がつぶやく。
 結局、この村の執政官は完全に失脚に追い込まれた。グリーンライにおける他の村も、ヴォルシガに従っていた執政官が次々と力を失い、新しい執政官が村人の中から選出された、ということまで、博希たちは聞いた。
「これで、よかったんでしょうか」
「あん?」
「この平和は……あの人たちが自分たちで勝ち取ったものではありません。それは何よりあの人たちが解っているはず、なのに、……」
「ああ、そういやあ、俺たちが戦ってた時も傍観してただけだったしなぁ」
「……ええ……」
その時、五月が、部屋に駆け込んできた。
「ヒロくん! カーくん! 窓の外、見て!!」
「え……?」
「窓の外?」
窓を開ける。直後、二人は、目をまともに開けることができなかった。ようやく、少しだけ、目を開けることができたとき、二人の目に飛び込んできたのは、緑色に輝く、光の洪水――――!
「ね、きれいでしょ!? この街は、雨の代わりに緑色の光が降るんだって」
「きれいだ……」
「まるで、花火、みたいですね」
「しだれ柳、か? そうだな、緑色で、ホントの柳みたいだな」
五月がはしゃいで、声を上げる。
「たーまやー」
博希がクスッと笑って、続けた。
「かーぎやーっ」
その晩、朝になるまで、光の洪水は続いたという。


 次の日、博希たちはグリーンライをあとにすることにした。
「ありがとうございました」
「また、折があればいらしてくださいね」
「ええ、また、ぜひ」
「今度はぼくを女の子だなんて間違えちゃイヤだよ」
「ええっ、それはもうっ」
軽い笑いが起きる。三人は村の人々に手を振って、別れた。
「次はどの都市に行く?」
それを聞いて、五月が思い出したように、博希と景に言った。
「それがね、ぼくが捕まってたときに、鳥のような虫のようなカッパのような人が、次に自分が仕えるのはイエローサンダの総統だって言ってた」
「??」
鳥で虫でなおかつカッパ?? 博希と景は今一つ画が思い浮かばず、首をひねったが、まあそれはともかくとして。
「どういうことかな」
「わざと、五月サンに聞かせるために言いにきた可能性もありますね」
「挑戦、か」
「レドルアビデの?」
「ええ。……行きますか?」
「行くでしょ!」
「行こうぜっ。じゃあ、次はイエローサンダだな!」
三人は、握り拳をちょんっ、と合わせた。


 そして舞台はこの後、イエローサンダへと移ることになる。
 当然――
「え〜ん、疲れたよう」
「頑張って歩くんですっ! 野宿はイヤでしょう!?」
「おっ、小麦の匂いがするぞっ」
「ウドンですか」
「イヤ、パンだな」
「お好み焼きがいい」
「ゼイタクを言わないっ!」
――などと、グリーンライまでの道程と似たようなことをわめきながら、彼ら【伝説の勇士】の旅は、続くのであった。

-To Be Continued-



  なるほど、やっと、一つの都市を救ったな。
  まったくどうなるかとヒヤヒヤものだったぞ。
  さあ、次はSecond World――イエローサンダに舞台を移して、
  博希たちが大活躍……するのか?
  次回、Chapter:11 「……何かオリエンタルな感じで……」
  で、結局、活躍するのか、どうなんだ? 私も知らんのだ。

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